第2話 信じられません

「ね、津村君というよりツバイ大尉、私のことわからない?」

 先生はソファーのサイドに体を待たれかからせるように体をひねると、航をまっすぐ見つめた。当然のように足が開き、航はまたまた欲望と闘いながら目をそらした。


「どこかで会ってるんですか僕たち。なら人違いです、しかもツバイ、大尉? 僕は普通の高校生で軍人じゃないですよ」


 先生が勘違いしているなら話にのってやろうかとも思う。そのツバイ大尉とか言う人は自分に似ていて、しかも先生の彼氏か何かなのだろう。って無理に決まってる、全く何のことかがわからないのだ、取り繕ってもすぐにばれることになる。


「やっぱり無理か、一緒に覚醒したかと思ったんでだけど」

 先生は、訳のわからないことをつぶやくと航の右手首をつかんだ。そして彼が何か反応する間もなく、その手のひらを先生自身の胸に押し付けた。むにゅっとした何とも言えない不思議な感触、思わず航はわっと叫びそうになった。


 が、航は叫びもしなければ手を動かそうともしなかった。もちろん先生の胸の触感がが気持ちよかったからでもない。青い二つの月と名前も知らない花の咲き乱れる丘、そう、この所見る夢と同じ風景が、脳内で広がったのだ。


 夢と違うのは、女の子と話すのではなくて……、女の子は足元であおむけに寝ている、いや胸にナイフ、死んでいた。


 そして航自身も胸に暑く鋭い痛みを感じ、目のまえの風景がぼやけてかすんでいく。自分の手で心臓にナイフを突き立てたのだ。ヘルム必ず会おう、そうつぶやいたとき真の闇が訪れた。


 気が付くと航は泣いていた。手はというと、しっかりと先生の胸に触れたままだ。

「はい、いつまで触ってんの、思い出した」

「今のは、最近よく見る夢の続き……」


「まだ思い出せないようね。あなたは王宮親衛隊のツバイ大尉、倒れていたのは王の一番下の姫で神殿の巫女となるはずだったヘルム、姫」

 つまり自分は姫と心中したということなのか、しかしあの風景は明らかに地球ではない。


「まったくもう、いいわ。きちんと話してあげる、はいもう一度手を出して」

 また胸に触れられるのかと伸ばした航の手のひらを、先生は思いっきりつねった。何考えてるの君は、そう簡単に何度も触らせるわけないでしょ、そういいながら指を絡めた。いやそれでも十分ですと思った思考回路に言葉が流れ込んできた。


「別に指を絡めなくても届くんだけど疲れるんだ」

 教室で先生の言葉が航だけに聞こえたのは、こういうことだったらしい。先生は口を動かしていなかった。


「私たちがいた星はこの世界で言う『おおいぬ座』のアルファ星、シリウスの第五惑星。その北の方に位置する大陸にあった、ミルンという王国が私たちの国。ここの時間で言うと今から一万年ぐらい昔の話」


 シリウス、一万年前、航は急に不安になってきたあまりに荒唐無稽すぎる。

「巫女として神に仕え王国の安寧のために身をささげるのが姫の役目だったの、それがあなたと恋に落ちて、まあ古今東西というよりこの宇宙によくある話。


 結局死んで別の世界で一緒になろうということになった訳、それができるのは王国広しといえど私だけだった」

 だめだこの人完全におかしい、さっさとここは逃げだした方が。


「さっき見たでしょ、あなたの夢の話を私が知っているのはなぜだと思う。今の話が事実だから、そして私も呪いを完成させるために、死ななきゃならなかったからよ。

 全く何の因果で子作りもできずに、自分で首はねるのほんと痛かったし、津村君、胸に痣があるでしょ」


 その通りだ、子供の時からまさしくナイフで刺したような痣がある。まさか本当の話なのか、それよりも今の話では。


「気が付いた? 私はヘルム姫じゃない。魔術師のキサム、姫に泣きつかれて姫と君をこの世界に生まれ変わらせた張本人。私自身も転生しないと、あなたたちを導けないから。何度も言うけれど本当いい迷惑」


「じゃヘルム姫は」

「きっとここにいる。あなたの周りに生まれ変わっている、私はそれほどいい加減な魔術師じゃない。あなたは彼女を探し出して添い遂げなくてはならない。さもなくば私もろとも魂ごと消え去ってしまう。二度と生まれ変わることもない」


 二度と生まれかえれない、それは大変。なんて思うはずがない。そもそも生まれ変わりなんてあるのか。

「そうだよね、そう思うよね、でもねやってもらわないと私が困るの、どうしてもっていうなら」


 先生の目が黄色く光ると同時に、航は心臓をわしづかみされる言いようのない苦しさを覚えた。

「どうする、私はただ彼女を作ってと言ってるだけだから、それとも、もう一度今の感覚を味わいたい」


 再び先生の瞳の色が黄色に変わり始めた。

「わかりました、やります。でもどうやって探せば」

「簡単なこと。右胸に触れれば姫かどうかがわかるから」

 先生はあっさりといった。





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