不思議な貸本屋 ②(KAC20232)

一帆

貸本屋で出会ったのは……


 陽キャと陰キャ。勝ち組と負け組。

 みんな、自分と同じか違うか、かぎ分けるのが上手だ。

 私はというと、自分がクラスのカーストの中でどこに位置しているのか、自分の立ち位置を把握するまでずいぶん時間がかかるタイプだった。だから、4月からうまくやっていけるかすごく不安だった。でも、この前偶然見つけた不思議な貸本屋で借りた絵本を読んでいるうち、そんなことはたいしたことないような気になってきた。

 



 今日は快晴。お散歩がてら、本を返しに行くにはちょうどいい感じの日。

 私は、桜柄の袋に借りた絵本を入れると、アパートを出て、上水べりの緑道を歩き出した。

 

 (やっぱ、春っていいよなぁ)


 札幌に長い間住んでいたからか、自分の名前のせいか、私は春のイメージがするものが大好き。


 苺のショートケーキとか三色団子とか、桜フレーバーのミルクティとかも大好きだし、桜とか菜の花とか春の花も大好き。

 洋服もパステルピンクとか黄色のフレアスカートを選びがちだし、白いスニーカーも好き。

 札幌の家から持ってきたクマのぬいぐるみの名前もハル。

 こうやって、春を満喫しながら散歩するのも大好き。


 (不思議な貸本屋、見つかるかなぁ)

 

 少し不安になりながら上水べりの緑道を歩く。でも、私の不安は杞憂に終わった。『貸本屋 せしゃと』と癖の強い字で書かれた看板をすぐに見つけられたし、背の高い雑草をかき分けていくと前回と同じように大きなお屋敷の前に出られたし、『貸本屋 せしゃと』の看板がある扉もすぐにわかった。私は扉を押して中に入る。やはり、そこには小さな蔵があって、本の山があった。


 今日は蔵の真ん中で黄色いパーカーを頭からかぶっている小さな子どもが、寝そべって絵本を読んでいる。隣にはイヌのぬいぐるみが置いてある。


 (かわいい)


 私の頬も緩むというもの。


 (そういえば、私も、よくハルに絵本を読んであげたっけ)


 その子どもは、絵本がよほど、面白いのか、尻尾を揺ら……、ん? 尻尾?? 尻尾??


 見間違えたのかと思って、目をこすってもう一度よく見る。


 やはり、大きく揺れているのは、タンポポのようにふわふわとした黄色い尻尾。


「し、し、尻尾!」


 素っ頓狂な声をあげそうになって、私は、今度は自分の手で自分の口を塞いだ。


「返却か?」と後ろからかけてきたのは、この前、絵本の貸出をした背の高い着物姿の男性。


「は、はい。あの……」と、私は黄色い尻尾を揺らしている子どもに視線を向けた。


「ああ……。あれは、この先の桜神社の稲荷神の使徒のキツネさ。人間の子どもに化けて、たまに、絵本を見にくる。お気に入りの絵本に夢中になると、ああやって尻尾が出てしまうけどな。……、おい、つねた! お前、また尻尾が出ているぞ?」


「いいじゃん、龍之介、昔ほど、人間なんて来ないんだからさぁ…」と言いながら、顔だけをこちらにむけた。―――、そして、私と目が合って、声をなくし……、


「ぷひゃ▽*★×〇●……」


 と叫ぶと、慌てて起きあがって右手で尻尾を隠した。慌てたせいで、フードが後ろに外れて、黄色い耳もぴょこんと現れた。


(可愛い! もふもふの耳に尻尾! )


 不思議さよりも、可愛らしい外見に私の心は鷲掴み状態。

 つねたと呼ばれた人間の子どもに化けたキツネくんは、コホンコホンと咳ばらいをすると、小さく胸を張った。


「われは、桜神社の稲荷神の使徒、つねたである」

「つねた、今更、そんなふうに取り繕っても無駄だぞ」


 くつくつと私の隣で男性が笑う。


「龍之介のいじわるー。久しぶりに人間に会ったんだもん。かっこよく決めて、おいらの言うことを聞いてもらおうと思ったのにぃ」

「寝っ転がって、ぬいぐるみと一緒に絵本を見ているところを見られたのだから、今更取り繕っても無理な話だ」


「むぅ……」と、つねたくんが、ぷうっと頬を膨らまる。さっきまで揺れていた黄色い尻尾がへんにゃりとしている。耳もぺたんこだ。私は思わず声をかけた。


「あの……、つねたさん、お願いって何かしら?」


 ピンと耳が立つ。


「聞いてくれる?」


 おずおずとした声。


「私にできることならっていう限定つきだけど……」

「うん。えっと、……。お前、名前は?」

「美雪」

「美雪か。この辺では雪は降らなくなったけれど、いいね。雪。雪と桜は、同じだからな。桜のことを空知らぬ雪っていうの知っているか?」

「へえ……、知らなかった」

「そうか。 ……、でね、おいらのお願いは、これを読んでほしいんだ」


 じゃじゃーんと見せてくれたのは、さっきまで眺めていた絵本。林明子さんの『こんとあき』。私も大好きだった絵本。きつねのぬいぐるみが主人公の絵本。


「この絵本は、ずいぶん昔に、この犬のぬいぐるみをくれた女の子に読んでもらった絵本なんだ。久しぶりに見つけてね。嬉しくなって、こいつと一緒に見ていたんだ。おいら、……」と言いかけて、つねたくんは少しあいまいに笑った。


 (ということは、字が読めないのかな? ……、そりゃ、キツネだものね)


「いいわよ。私もこの絵本が大好きだったの。その犬のぬいぐるみの名前は?」

「コロ」

「じゃあ、コロもいっしょに」


 そういって、私は蔵の真ん中に座ると、つねたくんとコロに絵本を読み始めた。





「それで、美雪は、今日は何を借りるの?」


 つねたくんが『こんとあき』を桜柄の袋に入れてもらいながら聞いてきた。彼は100円の代わりに、おいなりさんを一つ渡している。


「私は、酒井 駒子さんの『よるくま』。この絵本は、『こんとあき』と同じくらい大好きで、小さなころからずっと一緒だったクマのぬいぐるみのハルによく読んであげた本なんだ。懐かしくなっちゃって、借りることにした」

「じゃあさぁ、今度は、ハルを連れてきて、おいらにもその本を読んでくれない?」

「いいわよ」

「約束だよ!! じゃーねー!!」


 そういうと、つねたくんはひゅんと消えていった。私も、100円を払って、絵本を桜柄の袋に入れてもらった。


「期間は10日。10日過ぎると督促の鬼が行くから、返却期限は守るように」

「はい」

「それに、つねたは木曜日に来ることが多い。約束を違えると手に負えないくらい泣くから、少し早いが、次の木曜日に来ることをお勧めする」


「はい? え? 木曜って、あっ、待って!」


 私の言葉が言い終わらないうちに、ひゅんと私の耳元で音がして……。

気がついた時には、前回同様、絵本が入った桜柄の袋を握りしめて上水べりの緑道に立っていた。



おしまい



 









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不思議な貸本屋 ②(KAC20232) 一帆 @kazuho21

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