02-2 アンチグラヴィテッド成功

 結果から言うと、イオの心配は杞憂に終わった。


 一課第四パーシアス所属、ライトオレンジ/ブラックが機体色の航空砲撃機はアンチグラヴィテッド狙撃に拘る必要がない。まるで狩りのように次々と宿敵を撃破した。

 特に一課第四の一号機は機体両翼のロボットアームに備わる大剣バイブレードを好んで使い、格闘モードのまま縦横無尽に空中戦をこなしている。思考装甲の損耗もない。

 後方から接近する銛状触手をバレルロールで躱し、垂直上昇から逆噴射して機体を静止。姿勢を反転させ、追い越すメタスクイドの背後に奪ってバイブレード刺突。異重力収束点に突き刺した刃を後尾まで走らせ、とどめのプラズマ砲一射。


 ——— へぇ、あっちも凄いな……


 一連の攻撃後、何度もバイブレードを格納位置まで回転させ弄ぶ余裕すらある。

 一課第四の戦果に比べてリコ・ニュクス組が目立たないが、狙撃軌道を探る二号機ヒト・イオ組の後方で援護を優先しているためだ。

 その二号機の中で、イオは視界の右側に鎮座する巨大なそれに視線を移す。


 ——— 近くで見ると、『カラクリ仕掛けの森』だ。


 時空歪曲防壁の『像の揺らぎ』の影響で焦点が合わないが、節足動物の脚部のような骨格を無数に組み動かし、漆黒の巨躯をじりじりと前に進める様子が見て取れる。

 メタストラクチャーの呼称に用いられる最大長は、基本的に目視による推定となる。正確なサイズはIVシールドに阻まれて測ることができない。機械的な観測手段では目視サイズより三~四倍ほど大きな計測結果となる。写真撮影で言うピンボケのようなもので、誘導兵器の有用性を下げる理由の一つにもなっている。

 今回もヒトは黙々と狙撃軌道を確立する。視界に介入する六つのパラメータに集中し一切の加減速を停止、機体を周回ラインに固定する。

 突如、メタスクイドの一体が二号機の前方に出現。だが、放射状に放たれた黒い矢が二号機に触れることなく、プラズマの一撃で呆気なく四散した。

 低稼動のエンジン音のみが残るコクピットの中で、ヒトは次の言葉を淡々と口にする。


「アンチグラヴィテッド、狙撃シーケンスに入る」

「了解」


 今度は素直に返事をする。


 ――― 余計なことは考えるな、とにかく集中しろ。


 自らを言い聞かせ、異重力マップボードに像を結ぶ基本マップに向かう。アンバー照明の中で一際目立つグリーンのグラフィックパターン。異重力知覚で感じ取った違和感を翻訳し、修正が必要なパラメータを入力する。


「アンチグラヴィテッド調律完了、どうぞっ!」


 前回同様、返事と同時にヒトはアンチグラヴィテッドを装填した。重い金属の塊が擦れ合う軋み音、微振動を合図に始動するマグネトロンキャパシタ。続いて電磁投射砲のセーフティ解除を承認。ジリジリと帯電を始める銀色の砲身。

 イオから借りる異重力知覚を以って『盾に空いた穴』にターゲットポインタを固定する。

 呼吸を止め、そしてトリガーを引く。


 低く鈍い金属音、異重力収束点に着弾。


 一瞬、メタストラクチャー全体が波紋のように波打ち、着弾点から徐々に『像の揺らぎ』が失われていく。そして悲鳴のような重低音と共にその奇怪な姿をさらけ出した。

 IVシールドが消失した瞬間だ。

 すぐさまヘパイストスは艦後部のミサイルスロットより一発の限定可変核を発射。怒号を上げ、緩やかな放物線を描く白い巨弾が漆黒の脅威に突き刺さる。直後、辺り一面を照らす大火球の閃光と雷鳴のような大爆音。構造崩壊に伴う耳障りな高周波を撒き散らす。

 アンチグラヴィテッド狙撃によりIVシールドを解除。その後ミューオン触媒核融合型純粋核である対メタストラクチャー限定出力可変核弾頭、通称『限定可変核』を用いて熱破壊する。超越構造体研究対策局のメタストラクチャー撃破プロセスだ。


 一課第四のウィングガンが最後の保守防衛装置を片づけ、同時に暴走メタスクイドの発生リスクも消滅。ライトオレンジ/ブラックの航空砲撃機は順番にぐるっと左ロール回転を行い、パーシアスの方向に機首を向けた。彼ら流の任務終了のセレモニーだろう。

 ヒトがメインモニタの右側に浮かぶ背面カメラの映像を凝視している。

 一課第四の彼らは一課第五の私達を見ている。ヒトも一課第四の兄弟達を見送っているに違いない―― と、イオはその時、そう深くは考えなかった。

 彼らを真似してヒトは機体を右ロール、続くリコ・ニュクス組の三号機。かくして一課第五のウィングガンは無事任務を終え、帰艦進路を取った。


「うわーっ、やったっ! やったぞっ私、やーりましたよほーっ!」


 緊張が解けると、成功の喜びを露わにした。恐らくシートベルトがなければ三センチほど宙に浮いていたに違いない。

 続いて黄緑のアイコン、リコとニュクスの祝いの言葉。


『良かったね、イオ!』

『イオ、超研対一課第五にようこそ!』

「あ、あ、ありがとぉーっ!」


 ――― 何も奴らをやっつけようと気負う必要なんてない。事務処理のように、ただ淡々とこなせばいいのだっ!


 と、心の中で呟きつつ前席の相棒に視線を移す。やはり無反応。


 ――― もうっ、ほんっと可愛くない。




***




 東アジア相互防衛条約機構(East Asian Mutual Defense Treaty Organization)とは、メタストラクチャーの脅威から人類生存圏防衛を目的に設立された組織だ。

 日本を含む東アジア諸国からの委任を受け、民間企業であるATi開発企業体エプシロン・テクノロジーが主導し、限定特殊自衛隊とイカロス・インダストリーの協力によって成り立っている。その内訳は以下の二局による構成となる。


 実行組織である超越構造体研究対策局、通称『超研対』

 開発組織であるイ重力研究科学局、通称『イ重研』


 同様の組織は北米・南太平洋・ヨーロッパ・インド洋沿岸の該当国軍と同じくエプシロン・テクノロジーとの共同で設立され、イ重研から技術供与する形で運営されている。

 因みにイ重研は、イカロス・インダストリー傘下だったイカロス粒子重力干渉技術研究所をそのまま接収した組織のため、名にその痕跡を残している。

 メタストラクチャー対策の核心技術であるアンチグラヴィテッド狙撃。エプシロン・テクノロジーの『演算思考体』。エプシロン・テクノロジー傘下ニュークシーの『WINGS』。イカロス・インダストリーの『航空砲撃機動兵器ウィングガン』。

 これらにイ重研の『異重力位相変換弾頭アンチグラヴィテッド』に加え、技術先行した結果が現在の組織編成を生んだ経緯でもある。




***




 イ重力研究科学局、開発統括責任者アダム・ブレインズのオフィス。

 ブラインドを開けているが曇天のお陰で外光に乏しく、まだ昼間にも関わらず煌々と灯りを点けている。あまり居心地がいい調光とは言えない。

 地上五十階の窓の外には、建造中の新型艦シュペール・ラグナが見える。ヘパイストスよりも倍近く大きい巨体、胴体横のイ重力制御エンジンは八基、露出する多連プラズマ砲の短砲身も全十六門とこちらも倍だ。

 隅々までワインレッドを纏った艦体はどこか禍々しい。緩慢な弱い陽射しが明暗の境界をぼかし、精彩を一層削ぎ落としている。

 演算思考体の世界トップシェアを誇る巨大企業体、エプシロン・テクノロジーの最高経営責任者ロベルト・ハスラーの内々の要請にイカロス・インダストリーが応じたものだ。

 緩くウェーブしたやや長い黒髪、細面にフレームレスの眼鏡、濃灰のネクタイに濃茶のスーツ。窓際に立つブレインズは肩書きの割に若く見える。

 程なくブレインズ個人のカード端末に着信。ロベルト・ハスラーCEOの秘書、トオイ・イブキからの個人通話だ。

 通話相手は朗らかにお決まりの挨拶を終えると、通話の交代を切り出した。


『それでは、CEOとお繋ぎしますね。少々お待ちくださいませ』


 待ち受け中、耳元に届くサティのジムノペディ。もの憂げな天気にはどこか似つかわしい。しばらく音楽が流れた後、本来の交渉相手が通話口に立った。


『いつもすまないね、記録に残せない話だからな。で、話は例の件かな?』


 明らかに老人の声だが滑舌も良く、決して弱々しくはない。その言葉から、同じやり取りを何度も繰り返していることが分かる。


「はい、例の『跳躍弾頭』の件ですが、やはりフェーズ9の処理能力では、計画目標値に達しないと結論に至りまして。フェーズ10以上でなければ、達成は難しいかと」

『無い袖は振れぬのだから仕方なかろう、二十年前に人類自らが課した禁忌だ。実際、演算思考体の運用はATiワールドオーダーに於いて事細かく決められている。機構本部のフェーズ10は、如何に人類防衛の大義名文があろうと動かす訳にはいかん』


 通話口の老人は、まるで台本を読み上げるのよう。


「それはまるで、お試しになられたかのように聞こえますが……」


 ブレインズは訝しげに目を細める。だが、相手はくぐもった声で不敵に笑った。


『ははっ、君も食えん男よな、無いものは無い。確かに我々エプシロン・テクノロジーは東アジア相互防衛条約機構の中枢を担っているが、本体はあくまでも外の組織であり、一民間企業に過ぎん。それ以上のことは言えんしできんよ』

「……かしこまりました。ではもう少しお時間を頂きたく。あと、追加の予算と」


 予め用意した結論のように言う。


『いつまでも君のところのアンチグラヴィテッド一本、と言う訳にはいかんからな』

「それから、シュペール・ラグナの件。本当に例の仕様でよろしいのでしょうか?」

『ああ、構わんよ。『あれ』はこちらで用意する』

「では、来月の会議にでも進捗報告書と、暫定の、稟議書をお持ちします」


 老人は大袈裟に戯けると締めの言葉を口にした。


『ほう、暫定か。君がそう言う時は本当に怖い。ではまたよろしく頼むよ……トオイ君ありが(プツッ』


 最後に個人端末を秘書に返すハスラーの声が入った。ブレインズは通話終了を確認し、カード端末を胸ポケットに収める。良好な関係を示唆する会話だったが、その表情は硬い。


「ふん、時間稼ぎはあちらも同じか」




***




 ウィングガン専用揚陸艦ヘパイストスのブリッジは、天井の半分と背面除く壁の三面、その全てを巨大なモニタ群が覆う。艦の進行方向、前方に向けてディスプレイ一体型のデスクが前に三台、後ろ一段高く嵩上げされたフロアには二台が並ぶ。

 広さはおよそ十五平方メートルで、デスクの数からすれば余裕がある。基本的に艦の制御は全て演算思考体が執り行う為、余計なものは極力省かれた結果だ。

 入って右奥のデスク、ヒライ機関統制官がイオの調律データ作成履歴を検証し、エリックがそれを覗き込んでいた。


「あのお嬢さん、ここだけトチってる。他は完璧だね」


 ヒライはディスプレイから目を離さないまま、素で感心する声を漏らす。

 ウィングガン関係は異重力分析官のエリックはともかく、本来はエド兵装統制官の管轄範囲だが、ヒライは個人的興味で首を突っ込んでいる。統制官同士でもシミュレーションを共有するため、管轄範囲外のデータ閲覧も許可されるのだ。


「うーん、そそっかしいのは変わってないなあ、イオちゃん」


 顔を覆って天を仰ぐエリックをよそに、ヒライの興味はイオの相棒に向く。


「それにしても、ヒト君はやっぱり凄い。一課全体のエースと言っちゃってもいいくらい」

「彼が凄いとは思ってたけど、そんなに?」

「多分ね。スコアの上では彼に対抗できるガンナーは居ないと思うよ」


 ヒライは引き出しからウエスを取り出し、ディスプレイ上端の小さな穴を拭き始める。フェイスカムを兼ねた網膜スキャナだ。


「あ、ごめん。最近調子悪いのよ、これ」


 そう呟くと網膜IDをスキャン。パスワードを入力後、ヘパイストス基幹システムに接続。開いたのは一課全体を半期でまとめた交戦記録、そのガンナー版だ。

 ウィングガン操縦士、即ちWINGSの管理情報はニュークシーの管轄。基本的には公開を許可された資料ではない。


「これ、お偉いさんの会議用」

「へえ、いいんですか? こんなの見せちゃって」


 縦にスクロールするデータを覗き込みながら、エリックは訝しげに尋ねた。


「いーの、いーの。資料作ってるの俺だから」

「えっ、へピイATiは作ってくれないんですか?」

「あいつら無駄に頭がいいから、人間様に優しいUIを理解してくれないのよ、特におじさま方にはね。そのためだけのアルゴリズムなんて組んでられないしさ」


 しれっとおじさま方をディスるヒライ。ヒトの項目を見つけるとスクロールを止めた。


「もうね、ヒトだけ思考装甲を外したいくらい。質量が減って電費も良くなるし、被射線予測の演算リソースを射撃システムに回せる」

「あ、ダメですよそれ、思考装甲は大事な保険なんだから」


 慌てて釘を刺すエリック。


「絶対にそんなこと提案しないでくださいね、彼は呑むに決まってる」

「へいへい。ま、危なっかしいからね…… 彼は」


 不満気なヒライは含みある物言いをする。

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