ボディガードは虎のぬいぐるみ

白鷺雨月

第1話ボディガードは虎のぬいぐるみ

リリィは一人で裏通りを歩いていた。

彼女は虎のぬいぐるみをその小さな胸に抱いていた。

今や彼女の手に残されたものはそれだけだ。

靴も右足のほうしかない。

左足は裸足だ。

とぼとぼと彼女は人の眼を気にしながらあてもなく夜の道をあるく。


いったいこれからどうしたらいいのか?


リリィの心には不安しかない。

不安と寂しさが入り交じり、気分が悪い。

なんだか吐きそうだけど、胃の中にはなにもないので吐くものもない。



リリィの両親はいわゆるギャングであった。

決して貧しい人たちには手を出さない昔気質のギャングであった。

彼女の手にあるぬいぐるみは昨日の誕生日にプレゼントとしてもらったものだ。

そのぬいぐるみはちょっとリアルで怖い。

十二歳の女の子へのプレゼントにしてはどうかと思われたが、リリィは気にいっていた。


両親と共に誕生日の料理を囲んでいるところ、父親であるケネディの部下であるカーネルがたずねてきた。

もっとも信用できる部下であり親友であるカーネルをケネディは歓迎した。

そして歓迎のハグをしたあとケネディは腹から血を流してたおれる。

カーネルの手にはピストルが握られていた。

「あんたのやり方は古いんだよ」

そう言いカーネルは銃口を母親のサリィにむける。

サリィはリリィを窓から逃がす。

その時リリィの手にあったのはトラのぬいぐるみだけだった。

逃がされたリリィは必死に走る。

彼女の鼓膜には母親のサリィの悲鳴がこびりついた。



「いやあ、お嬢様さがしましたよ」

暗闇からあらわれたのは両親の仇であるカーネルだ。


「この恩知らずのろくでなし!!」

軽蔑の眼をリリィはカーネルにむける。


「リリィお嬢様、あなたは殺しませんよ。私の友人でぜひあなたを買いたいというかたがいらっしゃるのでね」

下品な笑いをカーネルはむける。


「下衆とはあなたのためにあることばね」

リリィは強がりを言う。


「まあ褒め言葉と受け取っておきましょう」

そう言い、カーネルは太い腕を伸ばしリリィの襟首をつかむ。

じたばたと逃げようとするが大男のカーネルの腕力にはかなわない。

リリィの腕からポロリと虎のないぐるみが落ちて転がる。

虎のぬいぐるみは地面に転がる。


「あー見ちゃいれねえよ。カーネルよ、おまえそこまで落ちたか」

驚くべきことに虎のぬいぐるみがしゃべった。その声はリリィの祖父であるアーサーのものだった。


「そ、そんなアーサーのおやっさん……」

それがカーネルの最後の言葉であった。

虎のぬいぐるみはがぶりとカーネルの首すじに噛みつき、殺してしまった。噴水のように血を流してカーネルはいきたえる。


「お、おじいちゃんなの……」

両手で口をおさえてリリィは言う。


「ああそうだよ可愛いリリィ。ケネディのやつに頼まれておまえを助けにきたのさ」

不敵すぎる笑みを虎のぬいぐるみであるアーサーは浮かべる。


「さあ行こうかリリィ。おまえはもう一人じゃない」

ぴょんと飛び、虎のぬいぐるみであるアーサーはリリィの胸に飛びつく。

「うん、おじいちゃん!!」

涙ながらにリリィは虎のぬいぐるみを抱きしめた。



終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボディガードは虎のぬいぐるみ 白鷺雨月 @sirasagiugethu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説