後編

 結論から言えばマサキは無事だった。軽い打撲や擦過傷が出来た程度だったらしい。念のため検査で病院に行くと言うことで学校を休みはしたが。


 私たちにとって大事件だったのは事故そのものよりもその後のことであった。次に学校に来た時、マサキは着ぐるみを脱いでニワトリじゃなくなっていたのだ。


 事故の後マサキが制服姿で登校して来るとリアルに教室がどよめいた。


 だって全裸と変わらない……、あ、いや、何て言うか、見慣れないから直視するのを躊躇うような……、うーん、まあ私は幼馴染だから知っていると言うか……、免疫はあった訳だけど。


「ちょ、ちょっとマサキどうしたの?」


 私とユカが駆け寄り尋ねる。


「あ、いやー」


 マサキは事故のこと、それと着ぐるみを脱いだ理由を話した。


 ロバの運転する車に轢かれた。体は無事だったけれど着ぐるみはズタボロになった。今更買うのも勿体ないからこのまま来た。


 その場での説明は随分簡単なものになった。すぐに予鈴が鳴り先生が来たからだ。


「おいお前ら席着けー、お、マサキ来たかー」


 その日、先生も着ぐるみを脱いでいた。もしかしたら事前に知っていてマサキに気を遣ったのかもしれない。だけどゴリ先は着ぐるみを脱いでもゴリ先だった。






 放課後。私が帰る準備をしているとマサキが話し掛けてきた。


「なあ、一緒に帰ろうぜ」


「は?」


 正直驚いた。幼馴染とは言えそんなことここ最近なかったからだ。着ぐるみを脱ぐと大胆にでもなるのだろうか。心なしか周りも驚いている。ユカは何を気にしたのか、約束があるからとか何とか言ってそそくさといなくなってしまうし。


「駄目か?」


「ま、まあ、いいけど」


 結局私は数年ぶりにマサキと二人で帰ることになった。






 マサキを前に私は数歩後ろ、そんな感じで無言の道を暫く歩く。


 結んでも上手くいかなくて結局最近髪を切ったから、今度は余裕が出来てカワウソの頭がぐらついている気がする。何にも喋っていないと余計に気になる。


 人通りの多い街路を抜けた頃、マサキが徐に言った。


「俺、死んでたかもしれねーんだって。着ぐるみなかったら」


「え」


 それからマサキは学校では話せなかった事故の詳細とその後のことを語った。


 普通ならば即死、そんなこともあり得たような事故だったらしい。とにかく着ぐるみがクッションになって助かったらしい。それが肉厚なニワトリであったのも功を奏したらしい。


「そんで母さんが着ぐるみに感謝を込めて残った毛で小っちゃいニワトリ作ってさ」


 そう言うマサキの鞄で小さなニワトリのぬいぐるみが揺れた。


「それにこれがあると俺が誰だか分かるだろ」


 確かに今朝マサキが誰だか分っていないようなクラスメイトも居たな。そう言えばあの猫耳のお姉さんもそう言う意味だったのかも。


 だとしたらマサキの頭にトサカが残ってなくて良かったな、なんてついでに少し思ってしまった。


「んで、一応新しい着ぐるみも探したんだ。だけど色々考えちゃって。……今、俺のばあちゃん施設に入っててさ」


 急におばあちゃんの話になった。


「この間面会に行ったんだけど、久しぶりに着ぐるみ取って話したらすげえ喜んでさ。ほら、ああいう所じゃまだ皆着ぐるみ着てるじゃん。感染対策でさ」


 そう言えばニュースか何かでも言っていた。


「こう言うとあれだけど、天国みてーだった」


 吹き出しそうになった。

 自分と発想が被っている。なんか悔しい。


「まあ、とにかく、それでって訳じゃねーし、そりゃあ他にもいろいろ考えたんだけど、必要なとこじゃ必要だし、また着ろって言われたら多分着るし、でも俺はなんか、もういいかなって。駄目じゃなくなった訳だし。それに俺さ……」


 マサキが笑って言った。


「こうやって制服で女子と下校するの憧れだったんだ」


「……ふーん」


 マサキは自分なりに考えてるんだな。私はどうなんだろ。

 どっちでもいいと言われたあの日から結局私はちゃんと考えていなかった。現状維持、惰性でそうするつもりだった。


 自嘲気味に言う。


「ごめんねその相手が私なんかで」


 長い髪を切った私、笑うのは鏡の前だけ。


「そんなことねーよ、俺はずっとフウカとこうしたかった」


「え?」


 真剣な口調で呟いて、今度は黙りこくったマサキの顔が変に大人びて見えた。昔よりもずっと。


 さっきよりも近付いた横顔、風が彼の髪を揺らしている。


 私は……。


「マサキ」


 私は立ち止まった。

 マサキも立ち止まり振り返る。

 私はそれを制止する。


「後ろ見んなよ!」


 不思議と心臓に風を感じた。タイミングだと思った。逃しちゃいけないと思った。急に湧き上がる衝動に逆らってはいけないと感じた。誰かに説明できる理由なんか無い。


 一、二、三秒後、私はカワウソ頭を取った。


 しっかりこっちを見ていたマサキと目が合う。


「髪、似合ってんじゃん」


 笑って言いやがった。


「は?」


 熱くなった頬、風が気持ちいいのが悔しくてたまらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

着ぐるみ生活 てつひろ @nagatetsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ