害獣のお金稼ぎ

ちかえ

害獣のお金稼ぎ

 私の目の前で青い毛むくじゃらの獣が頭を下げている。


 この生き物は『害獣』という種類の生き物だ。


 害獣という種類のマナを使える動物は、基本的には駆除対象となっている。


 この害獣は今は大人しくしているが、普段は人間や他の害獣を何らかの形で誘い込んで巣へ連れて行き、その鋭い爪で捕らえて捕食してしまうという恐ろしい生き物だ。


 その害獣が天敵である魔法使い——マナを使って自分達を殺そうとする人間——に頭を下げている。


 私の師からは時々知恵をもつ害獣がいると聞いている。


 同じマナを持つ生き物でも、人と交流をして助け合っている『幻獣』ならこうやって話ができても私は驚かない。


 それと同時に、話が出来れば人はついていってしまうのだとも考える。ますますこの種類の害獣には気をつけなければいけないと警戒も強くした。


「何のご用ですの?」


 でも一応お客様はお客様なので丁寧に接する。私は貴族夫人であり、権威のある魔法使いなので威厳を崩すわけにはいかないのだ。相手がこんな毛むくじゃらの害獣でも。

 それでも私たちの間にバリヤーは張っておく。捕食などされたくない。


「我の爪を『お金』というものと交換して欲しい」

「は?」


 だが、害獣の次の言葉で私は固まってしまった。


「今、なんて?」

「魔法使いは害獣のマナの源が欲しいと聞いた。それを渡すからお金というものが欲しい」


 害獣はためらいもなくそんな事を言う。これは本気としか思えない。でも正気とは思えない。


 害獣や幻獣にはその力の源となる部分がある。主には爪や牙などがそれにあたる。

 それを取られたとしても別に死にはしない。でも、マナは消える。

 それを失うことは、害獣にとって、『ただの弱い動物に成り下がる』事だ。それは彼らにとって屈辱なのではないのだろうか。


 そんなとんでもない事をわざわざ魔法使いである私に持ちかけている。確かに人間、特に魔法使いはそれらを使って薬を作ったりするけれど。


「どうしてお金が欲しいの?」

「欲しいものがある。でも物をもらうにはお金というものが必要なんだろう」


 どうやら買い物がしたいらしい。でも害獣が買い物なんて信じられない。


「何が欲しいの?」

「いいものだ」


 とても曖昧な返事だ。でも、そうとしか答えられないのかもしれない。知識がないのだろう。


「人間じゃないわよね?」

「違う!」


 それだけは確認する。否定してくれて何よりだ。


「ちなみにそれはいくらなの?」

「『いくら』?」


 そこから分からないようだ。いるのは金貨か銀貨かそれとも銅貨かと聞いてみたが、やはり分からないという。


「わかりました。お金はあげましょう」


 私はそう言った。害獣の顔が喜びに満ちる。


 早速、と爪を剥がそうとするので慌てて止めた。そこまでさせる必要はない。


「その代わり、私の役に立ってちょうだい」


 私は微笑んでそう言った。害獣はきょとんとしている。


***


 私が命じたのは力仕事だった。


 魔法仕事に使ういろんな物を運んでもらう。時には何かを支えてもらったりする。


 もちろん、私に危害を加えないように隷属の魔法はきちんとかけさせてもらった。それを破ったら死ぬように枷をかけておいた。


 だが、この子は全くそんな気を起こさない。私が与えた仕事をこなし、食事として用意した小型害獣を美味しそうに食べ、与えられた部屋――しばらく使われていなかった納屋――で気持ちよく眠る。

 有能なアシスタントが出来た気分だ。もうこの子は害獣とは呼べないだろう。


 とはいえ、自分が害獣だという自覚はあるようで、私が薬の材料となる別の害獣の牙を砕いているのを見て震えていたこともあった。


 そんな中で私は屋敷の召使い達に、彼女が――この害獣はメスだった――今まで目撃されていた所を探らせた。

 そこで、どうやら彼女が頻繁に雑貨屋を覗いて人々を怖がらせていたという情報を得た。


 害獣が欲しいのは雑貨なのだろうか。そのお店ではどうやらかわいらしいお手製のハンカチが人気らしいが、害獣がハンカチを使うなんて思えない。確かに魔法の素材に触らせる前に手を洗わせているが、その手を拭くのは大ぶりのタオルである。


 何が欲しいのかは分からないが、雑貨屋の品なら銅貨で買えるだろう。


 とりあえず銀貨分くらいは働いてもらおう。


***


 ついに害獣の買い物の日が来た。


 彼女は朝からそわそわしている。給料日なので働いた分の賃金を払った。使用人は怖がっているので私が直接払った。


 害獣は嬉しそうに私の渡した革袋の中の銀貨と銅貨を見ている。


 私は害獣を連れて雑貨屋に向かった。私は領主夫人なので、いつもは馬車を使うが、害獣ちゃんが乗れないので魔法で移動した。

 人々は害獣を見て怯えた表情をするが、その横に私がいるのを見ると、少しだけ警戒を緩める。


 雑貨屋に着くと人がざわめいた。ビクビクしている女性もいる。

 私の侍女がドアを開ける。


「い、いらっしゃいませ!」


 店主の女性も害獣が怖いようで少し震えているように見える。でも、この害獣は今日はお客様として来てるのだ。


「おい、聞いてんのか! ほかの客なんかどうでもいいだろ! お前があんなぬいぐるみを置いたせいでこんな事になったんだぞ。近くに害獣がいるって事はまだ捨ててないんだろ!」


 なんとみっともない怒鳴り声なのだろう。でも、それで害獣の買いたい物が分かってしまった。


「ちょっといいかしら?」


 私が声をかけると、男性は私にも何かを言おうとして固まった。


「お、奥方様」


 どうやら私の顔は知っているみたいだ。そして隣にいる害獣ちゃんを見て『ひぃ!』と悲鳴を上げた。少しいい気味だ。


 私は男性を無視して店主にぬいぐるみを持ってきてもらう。どうやらそのぬいぐるみは奥の方にあるようだ。きっと男性クレーマーのせいで店頭に置けなくなったのだろう。かわいそうに。


 その店主が持ってきた物を見て私は目をぱちくりさせてしまった。


 どう見てもそのぬいぐるみがかたどっているのは害獣なのだ。それも相当凶悪そうな顔をした害獣である。姿形だけは少し狼に似ているだろうか。

 どうして店主はこんなものを店頭に置いたのだろう。


「これ! これだ!」


 私の害獣が嬉しそうな声を出す。


「これを下さい」


 そうして、給料の入った袋の中身を全部出した。そんなにはしないと思う。


「銅貨三枚ですね」


 店主は微笑ましそうに笑いながら金額分だけをとり、残りを袋に戻した。度胸のある女性だ。そうでなきゃ害獣のぬいぐるみなんか作らないだろう。


「この害獣、我らはよくかわいがるんだ」


 害獣は嬉しそうに言う。そうしてぬいぐるみをそっと抱きしめた。なるほど。私達が可愛い猫やうさぎのぬいぐるみを欲しがる感覚なのか。


 彼女は可愛い可愛いとぬいぐるみを愛でている。

 この害獣には自分よりも弱い害獣を愛玩する心もあるらしい。見ていて微笑ましい。


「良かったわね」


 私は害獣に優しい声で言った。それ以外、言葉はいらない気がした。


 害獣の研究成果として、この事を他の魔法使いに発表してもいいかもしれない。そんなことをそっと考えた。

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害獣のお金稼ぎ ちかえ @ChikaeK

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