4-3 要望

 ユシャリーノとの戯れが終わり、爽やかな朝を迎えたミルトカルド。

 強引に起こされた後は、ささっと身なりを整えて外出の準備を終える。

 ユシャリーノにしがみついていた姿とは裏腹に、今は玄関で待っている。

 ユシャリーノは、目の下のクマを気にしながら顔をこすりつつも、力を入れ直して城へ向かうための準備をする。

 一方、ウキウキとした気分のミルトカルドは、楽しそうに踵をくっつけて床をトントンと鳴らしている。

 弾みに合わせて裾がひらひらと揺れる度に、ミルトカルドの太ももがちらりと見える。

 ユシャリーノの視線は、迷わずその方向へ向いた。

 太ももを確認した瞬間、彼は我に返って目線を外すが、ミルトカルドの巧みな動きに誘われてつい何度も見てしまう。

 数回繰り返したところで、ミルトカルドが要望を伝えてくる。


「手はつないでね。人の目があると心配になってしまうから」

「心配って……分身のことか? 手をつなぐとかえって目立つ気もするけど、それでミルトが安心するならいいよ」

「ありがと! やっぱりユシャは優しいね。帰ったらいっぱいくっついてあげる」

「それは俺じゃなくてミルトがしたいことだろ」

「ユシャが嫌ならしないけど……」

「ミルトが嫌じゃなけりゃかまわないけど」

「うふふ、優しいのね」


 ミルトカルドの機嫌がすこぶる良いのを見て、ユシャリーノは女の子とのやり取りがうまくいっていることを実感した。

 自分の動きにぎこちなさを感じていたユシャリーノだったが、ようやく肩の力が抜けて、普段の自分を取り戻せたように思えた。


 ミルトカルドの要望通り、手をつないで城を目指す。

 街道に出ると、道の反対側で店を開いている占い師に呼び止められた。


「おや、少年じゃないか。ん? その子は……」

「おばさん、おはよう! 紹介するよ。この子はね――」


 ユシャリーノは、ミルトカルドを紹介しようと手を挙げた。

 だが、つないでいる手を挙げてしまったので、ミルトカルドの足が軽く浮いた。

 ただ挙げただけにしては手ごたえがあることを不思議に思ったユシャリーノの目には、明らかに自分の腕とは違う白い腕が映りこんだ。


「ごめんミルト、痛くなかった?」

「ちょっとびっくりしたけど大丈夫……あの方は?」

「占い師だよ。王都の人たちとのことで困っていた時、気にかけてくれたんだ。俺の味方だから心配ないよ」


 道を挟んだ先で、二人の少年少女が仲の良いやり取りをしている。

 話題にされた占い師は、二人のうち、少年の方をよく知っていた。

 今、占い師的に一番注目しているユシャリーノだ。

 ミルトカルドに優しくするユシャリーノを見て、占い師はにやりとした。


「何だい、ちゃっかり女の子なんぞを引き込んじまって。勘違い勇者にはならないでおくれよ」


 占い師から冷やかしの言葉を掛けられたユシャリーノは、あたふたしながら、今度はつないでいない方の手を力強く振って否定した。


「そういうのじゃねえよ。勇者仲間になったんだ――いや、これから勇者認証を受けて仲間になってもらうところさ」

「仲間とな。まだ何もしていない少年に勇者の仲間ができるとは、にわかには信じ難いねえ」

「俺だって同じだよ。いきなり仲間になりたいって言われたんだから、まだ頭の中はごった返している」


 ミルトカルドはうんうんと頷き、ユシャリーノの潔白を証明する。


「初めまして、ミルトカルドと申します。ユシャですけど、何も悪くありません。私からパーティーメンバーにして欲しいってお願いしたんです」


 占い師は、すでに片方の口角を上げていたが、両方を上げてにやり度を増した。


「はっはっ。まったく、もう呼び捨ても通り越して愛称呼びになっているじゃないか。少年は隅に置けないねえ」


 にやけ顔のまま眺めている占い師に向けて、ユシャリーノは言葉を返した。


「事情は戻ってから話すんで、とりあえず城へ行ってくるから。認証をもらわないと何も始まらないんだ」

「まるで結婚をするような言い回しだねえ……。おっと、これぐらいにしておかないと、あたしが嫌われちまうね。その子に気を使い過ぎて失敗しないようにするんだよ。気を付けて行っておいで」

「おばさん、ありがと。また相談すると思うから、そん時はよろしく」


 占い師は、承知したことを示すために、軽く片手を振った。

 ユシャリーノも手を挙げてにこりとしてみせ、ミルトカルドの手を引いた。

 二人の背中を目で追いながら、占い師は呟く。


「元々知り合いだったのかねえ。やたらと仲が良さそうじゃった。それにあの少女、パーティーのことを知っておったな。勇者について何かしら知っていそうじゃから、少年と出会ったのは必然と言えるか。ふむ、やはり少年は何かと引き付けるものを持っているようじゃ。くっくっくっ。これからさらに楽しませてくれそうじゃな」


 純粋にお気に入りの少年について楽しんでいる占い師だが、傍から見ると一人で不気味に笑っている老婆でしかない。

 早朝の街道を急ぐ者たちは、心なしか占い師の前だけ距離をとって避けるように行き交っていた。

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