4-2 駄々

 ――――朝。

 ミルトカルドの勇者認証をしてもらう日を迎えた。

 出来立ての拠点は、初めて静かに目覚めることができている。

 穏やかな時間が流れる中、相変わらず落ち着かない朝を迎えているやつもいる。

 ユシャリーノだ。


「まったく、気持ちよさそうにスヤスヤ寝ちまって。こっちは夜通しドキドキして、心臓が息切れしてるって。まあ、こんな女の子が何度も一人で夜を過ごしたんだろうと思うと、やっと安心して寝られたのかもしれないから良かったけどさ。それにしても……ミルトってこうなるのか」


 ユシャリーノは、鼻の頭同士が触れそうな距離で少女の顔を見ながら、一人ぶつぶつと呟いていた。

 後ろからは、さわやかさすら感じる寝息が、一定の間隔で耳元をやさしく撫でている。

 分身したミルトカルドに左右から抱き着かれているのだから、近いどころの騒ぎではない。

 前後から少女の甘い魅力を浴びせられ、激しい鼓動を感じたまま夜を過ごした。

 ユシャリーノだけ、安息が訪れることはなかった。


「でも不思議だ。きつく抱きしめられているのに、嫌じゃない。ばあちゃんによしよしされている時でも、暑いし苦しいしで放すようにお願いしたものだけど……うーむ、不思議だ」


 朝から悩むユシャリーノの呟きに、小さな笑いの相槌が打たれた。


「うふふっ、ユシャっておもしろい。それにとっても可愛いわ」


 笑いの主であるミルトカルドは、鼻の頭をツンっと付けて微笑みを増した。


「なんだよ、起きてたのか? なら起きて城へ行く準備をしようぜ」

「もうちょっといいでしょ? 嫌じゃないんだし」

「はあ……しっかり聞かれてた。いつから起きていたんだよ」

「うーんとね、ユシャの心臓の音を聞いて寝たり起きたりしていたから……いつから起きてたのかわかんない」

「緊張でドキドキしていたからな。それはミルトのせいだぞ。ちょうど寝入るところで分身してさ、二人で抱き着いてくるんだからしかたないだろ」

「それは喜んで安心してよ。せっかく体中スリスリしたのに全然寝ないんだもん。私の方が寝ちゃったじゃない」


 ユシャリーノは、目をしっかりと見開いて苦情を言う。


「あんなの……嫌じゃないけど、慣れていないから緊張するだけだ」


 苦情を言うつもりが、何とも弱腰な主張となってしまった。


「ほら、可愛い。私のすることを嫌がらないユシャって大好き!」


 ミルトカルドは、再び鼻の頭を付けると、、ゆっくり目を閉じながら唇を近づけていく。

 それを絶妙なタイミングでかわしたユシャリーノは、ミルトカルドの唇を頬で受け止めた。


「なんでよ」

「なんでだよ!」


 二人とも軽く目を吊り上げて威嚇し合った。


「ケチ」

「ケ、ケチ!? 女の子がそういうことを軽々しくしちゃいけないんだぞ……たぶん。ばあちゃんなら……こんな状況を話したことはなかったけど、話したらそう言うはずだ!」

「全然説得力がないことを言わないでよ。ユシャはね、私からの行為をすべて受け入れるべきなの」

「どうしてそうなるんだよ」

「だって、私のだもん」


 ユシャリーノは、動きを制限されながらも、首をブンブンと振って話を終わらせる。


「私のだもん、っていうんなら、城へ行くぞ。勇者認証してもらわなけりゃ、いくらミルトのだって叫んでも一緒のパーティーに所属できないんだから」

「ふん! そんなに秘書と会いたいの? どうせ王様のなんだからあきらめなさい」

「あ、あきらめるとかそういうんじゃなくてだな、勇者は何かあるたびに城へ行かなきゃいけないんだよ」

「むぅ」


 ミルトカルドはつまらなそうに頬を膨らませた。

 つまらないのは確かなのだが、実の所はユシャリーノの気を引くために、ワザと頬を膨らませている。

 少し動くだけで触れる距離では、せっかく作ったあざとい仕草はぼやけて見えない。

 しかしユシャリーノは、至近距離で放たれるミルトカルドの可愛さを、十分に感じ取ることができていた。

 寝られないほど浴びせられた魅力に負けまいと、ミルトカルドの駄々を『勇者として』振り切った。


「これはミルトのためなんだぞ。ちゃんと認証を受けてさえくれれば、ミルトは俺と一緒にいられるし、俺も人手が増えて助かる。さあ、ちゃんと一緒に寝たんだから、城へ付いてきてもらうぞ」


 ミルトカルドは、ユシャリーノの不意を突いて、鼻先だけちょんっと付けた。


「わかった、わかりました、行けばいいんでしょ」


 ユシャリーノは、ミルトカルドの行動にあえて突っ込まずに起き上がる。

 女の子への接し方に気を使っていたせいで何もできなかったが、動く目的がミルトカルドと共有できたのをきっかけに、前後から抱き着かれたまま立ち上がった。


「すごーい! ユシャ、このまま起きちゃった」

「ミルトは軽いからな。さあ、正式にパーティーメンバーとやらにしてもらいに行こう」


 ユシャリーノは、振り回されつつもミルトカルドの駄々に勝った。

 いや、恐らくはミルトカルドの匙加減次第でどうにでもなるはずだ。

 今のミルトカルドは、観念したということなのだろう。

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