3-10 寄り切り

 ユシャリーノは、ミルトカルドの罠に引っ掛かった。

 罠とは――ミルトカルドのことを「好き」と言うこと。

 しかし、好き嫌いという感情は、個人差や時間的要素も大いに絡んでくる。

 そんな中でもユシャリーノは、


「とってもきれいだし」

「うん」


 ミルトカルドという美少女から迫られており、


「かわいいし」

「うんうん」


 男として、少しでも女の子に好感を持ち続けてもらおうと言葉を紡ぎ、


「俺のことを好いてくれているし」

「うんうんうん」


 ミルトカルドに対して思っていることを、ひたすら口に出していた。


「とても感謝しています」

「何よ、それ」


 ミルトカルドは、待っている言葉が出て来なかったため、肘を滑らせるような仕草をして拍子抜けしたことを態度で示した。


「何って……出会ったばかりだからさ」

「時間なんて関係ないってば」

「ミルトカルドと俺とは違うだろ」

「じゃあ、ユシャには時間が必要ってこと? 時間がないと私への愛情は湧かないってこと?」


 ユシャリーノは、困ったときの定番『頭を掻く』を発動した。


「だってさあ、こうしてミルトと話していること自体、俺にしてみればとんでもないことなんだぞ!」

「とんでもないの?」

「女の子と話すということは、男にとっては特別なことなんだよ……たぶん。少なくとも経験の無い俺にとってはね」

「ふーん」

「ふーんで片付けるなよ、こっちは必死なんだぞ。今、手汗だってめっちゃ出てるから、拭きたいぐらいだし」


 ミルトカルドは、間髪入れずにユシャリーノの手を握った。


「なっ!?」

「私は平気よ。だって、ユシャだもん」

「うー……」


 ――次の言葉が出ない。

 ミルトカルドは、ユシャリーノの考える斜め上から抑え込んでくる。

 ユシャリーノは防衛網を軽く突破されて身動きが取れなくなってしまった。

 頭を掻く手も止まり、大きな岩しかない傾斜地に拠点を建てる時よりも悩み出した。

 困惑している様子を鑑賞しているミルトカルドは、ユシャリーノの手を手汗ごと握ったまま満面の笑みだ。


「なんで……いや、これは考えてもしょうがないことなんだろうな。ミルトは俺を気に入ってくれて、自ら触れてくれている……ひっ!? 女の子に触られているってなんだ? やっぱありえねえ」

「なんで……はこっちの台詞よ。ユシャが私を好きなのか、とっても好きなのか、大好きなのか次第でしょ」

「ちょっ……それ、好きしかないぞ」

「だって、私はそれしか望んでいないから」

「うー……」


 ユシャリーノの顔は、困惑を通り過ぎて『どうにでもなれ』の領域に入っていた。

 しかしそれは、思考修正のきっかけとなる。


 苦手なことへの緊張が緩和され、話さなければならないことへと意識を戻すことができたのだ。

 しかし悲しいかな、それはミルトカルドの勢いに屈した、とも言える。


「ああもう、言えばいいんだろ? ミルトのことは好きだ! 正直どう好きなのかとかはさっぱりわかんねえけど、好きか嫌いかで言えば、好き……これでいいだろ? もう勘弁してくれ」


 汗だくになっているユシャリーノの手を両手でがっちりと握ったまま、ミルトカルドの表情は、一輪の花が咲くように笑顔へと変わった。


「はい、よくがんばりました。ごめんね、無理に言わせて――」


 そう言ってミルトカルドは、ユシャリーノの手をぐいっと引っ張って一気に接近した。

 突然、視界がぼやけるほど近づいた美少女の顔に驚いたのも束の間、ユシャリーノの頬はやわらかい感触を受け止めた。


「つっ……何を……今……ミルト?」


 言葉の順番もむちゃくちゃになるほど驚いたユシャリーノは、固まった。

 無理も無いだろう。

 頬で受け止めたのは、ミルトカルドの唇だったのだから。

 ゆっくりと姿勢を戻したミルトカルドは、思い通りに進む光景を楽しみ、不敵とも取れる笑みを浮かべて満足気だ。

 そして、すこーしだけ首を下に向けて上目遣いをする。


「謝罪と感謝の気持ちです。許してくれる?」


 ユシャリーノの顔は、赤色に染まった。

 ミルトカルドの仕草が、少年の心を強烈に揺らしたのだ。

 顔が熱くなるのを感じて、言い訳をしなければならないのでは、と困惑した。

 しかし、どんな言い訳をしたらいいのか思いつかない。

 当然のことだ。ユシャリーノには何一つ落ち度はないのだから。

 フル回転していた頭は、困惑の中で答えを導き出した。

 それは、ミルトカルドの質問に答えればよい、というものだった。


「許すも何も……ミルトは何も悪くないよ。とても素敵な女性さ」


 捻りなく、感じていることをそのまま言葉にして返すことができた。

 返事に対して、ミルトカルドからの動きはない。

 ユシャリーノは、ホッとしてゆっくりと息を吐き、大きく息を吸った。

 落ち着いた雰囲気を取り戻せたのを実感しながら、ようやく本題に入る。


「それで……素敵な女性もパーティーメンバーとして俺に付いてくるってことなんだけど――」


 ユシャリーノは、困惑から抜け出した勢いで話を進める。


「そうなると、勇者認証をしてもらわなきゃいけないと思うんだ。明日、生地を見に行くついでに城へ行こう」


 ミルトカルドは、首をブンブンと横に振って嫌がった。


「いーやーだ」

「どうして? 認証してもらわないと勇者にはなれないし、パーティーメンバーにもなれないぞ? となると、俺と一緒に行動できなくなるんだけど」

「それもだーめ」

「なら城に行こうよ」


 ミルトカルドは、腕を組んで眉間に皺を寄せた。


「だって……お城には、秘書がいるんでしょ?」

「――あ」


 ユシャリーノは、『秘書』と聞いて目を見開いた。

 その様子を見たミルトカルドは、頬をぷくりと膨らませた。

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