3-9 ほっぺた

 先代の勇者が何かやらかしたのでは――。


 ユシャリーノのカルマ値が低過ぎな件について、二人が行きついた結論だった。

 頭を掻いていたユシャリーノは、ぴたりと手を止めて呟いた。


「先代って、何やらかしたんだ」

「それを確かめるところから始めてみればいいんじゃない? 何せ千年前にやらかしたことよ。今わからないのは当然だって」 

「そうだな。魔王討伐だなんてピンとこないことを考えるよりよっぽどいい。よし、決めた! 先代が何をやらかしたのかを調べよう。ところで――」

「ん?」


 ユシャリーノは、自分をじっと見つめたままのミルトカルドと視線を合わせた。

 ミルトカルドは素直に喜び、ユシャリーノに聞き返しつつ、にこりと笑みを浮かべた。


「ミルトが俺と動くためには……ん?」


 ユシャリーノは言いかけて止めた。

 ミルトカルドが、撫で続けている親指を腕まで滑らせて掴んだからだった。


「筋肉はしっかりしているのにゴツゴツしていないから素敵」


 妙に満足気なミルトカルドは、頬を少し赤らめて話しを続ける。


「私はユシャを見た時、悪人だなんて思わなかったわ。むしろいい人だなって思えたから近づいたのに。そのカルマ値って正しいのかしら」

「そういえば、ミルトからはまったく敵意が感じられなかったな。今まで何で気付かなかったんだろう」


 ユシャリーノは話しの腰を折られたが、ミルトカルドからの興味深い言葉に釣られる。

 ミルトカルドは、にやりとした笑みを浮かべた。


「それは太ももに釘付けだったからでしょ。あの目は私じゃなかったら受け止められないわ」

「げっ、そんなに変な目だった!?」

「狙い通りの目をしていたから、全然変じゃなかったけどね。私、うれしかったもん」

「いや、それってミルト的には良くても、世間的にはダメなやつってことだろ」

「私からユシャに見せたんだから、他の人なんて関係ないわ。だから問題無いって」

「いいや、これは絶対気を付けないとだめなことだぞ。秘書さんにもそんな目を向けていたのかもしれないじゃないか。うわー、やばいな」

「もう、また秘書の話? その人はユシャのこといい人扱いしていなかったんでしょ? なら見る目がない女よ。ユシャは私だけを見ていればいいの」


 ミルトカルドは、ユシャリーノの顔を両手でガシッと挟んでクイッと自分に向けた。


「カルマ値が低くても、私はユシャのことを悪い人だなんて思わなかったのよ。信じられるのは私だけだと思わない? ユシャの心は私に預けてちょうだい。私もユシャに託すから」


 鋭い目線を突き付けられたあげく、ほっぺたを挟まれて唇がぷにゅっと付き出した顔になったユシャリーノは、そのまま返事をする。


すぉーか、ミルトからむぉのを投げられていないや。それってむぉしかして――」

「私とユシャは初めから相性がいいってことね」

「ミルトゥにはカルマ値効果がぬぅあいってことかもしれなうぃ

「相性のことをスルーしないで」


 ミルトカルドは手の力を増して、ユシャリーノのほっぺた挟みを強めた。


「むにゅむにゅ」

「そうね。私には勇者ステータスは関係ないのかも。私が異能力者だからかな」


 ユシャリーノは、自分の両手が動かせることに気付き、ミルトカルドの両腕を掴んだ。

 思いのほか、細くて弱弱しい腕だったため、掴む力を調整しながらゆっくりと頬から離した。


「ミルト、顔を潰されたらまともに話せないだろ。腕を掴んじゃったけど、痛くない?」

「大丈夫、痛くないわ。ユシャのほっぺた楽しんでたから残念だけど、優しいから許してあげる。これからはいつでも触れられるし」

「またやる気かよ。拠点の中とか、人目に付かない所でなら構わないけど。それはともかく、異能力者だとカルマ値は関係ないって話、気になるな」


 ユシャリーノは、女の子に対してどのように接したらいいのか戸惑っていた。

 しかし、自分に好意を持ってくれることには抵抗できない喜びを感じている。

 だから、ミルトカルドのしたいことをできるだけ受け入れることで、彼女の気分を良くしてあげようと努力していたのだ。


「そんな異能力者の私に気を使ってくれるユシャ……大好きよ」

「ふぇっ!? あわわ、あの、その……どうも、ありがとうございます――」


 ユシャリーノは、かき回される感情をどう扱っていいのかわからず、ぺこりとお辞儀をした。


「ユシャは?」

「俺……俺が何?」

「ちょっとお、私が大好きって言ってるんだから、ユシャからはないの?」


 ユシャリーノは、体を仰け反らせるようにして少し後ろへ引いた。


「そう言われても……まだ会ったばかりだぞ。パーティメンバーとしてすらどうしたらいいのかわからないってのに、どうもこうも――」

「むぅ、つまんない」


 頬をふくらませたミルトカルドを見て、ユシャリーノは慌てて取り繕おうとする。


「んーっと、えーっと、決して嫌いじゃない。これだけははっきり言える」


 ユシャリーノは、ミルトカルドのご機嫌を少しでも良くしようと、人差し指を立てながら顔をじっと見てご機嫌取りを試みていくのだった。

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