2-4 診察

 ユシャリーノは占い師から、精神が脅かされかねない状態だと知らされた。

 心療内科での診察を勧められるが、病院とは無縁であったためにピンとこない。

 王都のどこに何があるのかもわからないため、占い師の提案に甘えて紹介してもらうことになった。

 王都民は、小柄だが目立つ容姿の占い師には見向きもしない。

 逆にユシャリーノは、憎しみのこもった厳しい眼差しを向けられ、再び心がハチの巣状態だ。


「ほほう。これだけの鋭い目線ならばたいていの者は一瞬で病んでしまうはず。じゃが、少年はまだ病んでおらん。勇者適性が高い証拠じゃから、自信を持ちなされ」

「そうなのか……やっぱ俺は勇者なんだな。目線ぐらいじゃ、びくともしないぜ」


 占い師はいったん足を止めて、ユシャリーノに振り返った。


「じゃがな、心に傷があると言ったであろう。実感をしないように体の防衛本能が誤魔化しているだけじゃ。誤魔化しができているうちに治した方がよい、という話。勘違いをしてはならん」

「ありゃりゃ、それは残念」


 ユシャリーノは、言葉だけでもと平気を装ってみたが、占い師から諭されてがっくりとうなだれた。

 占い師は半ば呆れ顔で正面に向き直り、足を進める。

 二人は、白い目線のシャワーを浴びながら、居住区の奥まったところに到着した。

 もっぱら、視線を浴びていたのはユシャリーノだが。


「ここじゃ」

「なんだか、寂しいところだな」

「病院が賑やかでどうする。医者は暇であることが望ましいのじゃ」

「確かに」

「それにここは心療内科。もし患者が集まっていたら、あたしゃとっくに他の国へ移っているよ」


 外科や内科ならば、負傷兵や疫病などにより忙しくなることはあるだろう。

 心療内科が繁盛していたら……国はすでに崩壊の一途を辿っており、末期といえる。

 もしくは、民が逃げ出して都市はあっという間に廃墟と化す。

 二人は、そんな話をしながら心療内科の玄関へと向かい、占い師が扉を開けた。


「お邪魔するよ。いるかい?」


 恐る恐る入るユシャリーノを後ろに、占い師は所内へ入っていく。

 ちらりと目当ての人が出てくるであろう方向を見つつ、足を進める。

 そして、あたかも我が家に帰宅したかのように、迷うことなく椅子に座った。


「あんたも座りな」


 ユシャリーノは促されるまま占い師の隣に座る。

 すると奥から、ぎしぎしと床を鳴らしながら一人の男性が現れた。


「誰かと思えばおばさんじゃないですか」

「なんだい、あたしじゃつまらなそうな物言いじゃないか。久しぶりに面白い人を連れて来たってのにさ」

「いえいえ。珍しく患者さんでも来られたのかと思ったんですよ。患者さんとおばさんでは、気の持ちようが違うから」

「ほう。あんたが相手によって切り替えていたとは驚きだねえ」

「いやだなあ、おばさんは僕のことを知り尽くしている人じゃないですか。いまさら何も隠しようがないから身構える必要がないってことですよ」


 占い師は、男性が――こちらは紛れもなく自分のものである椅子に座るのを見ながら言う。


「ふっ、ちゃんとお婆さん呼びしなかった分、今回は信じておいてあげるよ」


 男性は苦笑いを浮かべる。


「いつも信じてもらえてないんだ、意地悪だなあ。ところで、勇者を連れて来るだなんて、僕の方が驚きなんですけど」


 男性は、占い師が紹介する前にユシャリーノのことを勇者と言った。


「まったく、そういうことは紹介してから言ってもらいたいねえ。連れて来た苦労が報われないじゃないか」

「ああっと、ごめんなさい。ほんとに驚いた証拠ってことで、許してくださいよお」


 男性は両手を合わせて拝むような格好で笑みを見せる。


「あんたの笑みは信用できないんじゃよ。そうじゃ、あんたの言う通り、勇者だよ。あたしも偶然見掛けたから慌てて呼び止めたのさ」

「そんな偶然、なかなか遭遇しませんよ。やっぱりおばさんは一味ちがうんだよなあ」

「ふんっ、安い褒め方だねえ。そんなんじゃ、ポーションの一つも出しゃしないよ」

「だめですかあ」

「あたりまえじゃ」


 ユシャリーノは、二人の会話から完全に置いてきぼりをくらい、ぽかんとしていた。

 男性はユシャリーノの様子を知ってか知らずか、話を戻した。


「それで、どうされました?」

「何を言っておる。初めから気付いておるじゃろうに」

「ははは、おばさんには勝てないなあ。それにしても、随分と酷い状態の患者さんですね」

「そうじゃろ。その場しのぎぐらいはあたしでもできるが、それではすぐに戻ってしまう。だからあんたの出番なんじゃ」


 占い師は、ユシャリーノに振り返って、いまさらに男性の紹介をする。


「少年よ、此奴がここの医者じゃ。まあ、言わずとも察しが付くとは思うがの」

「どうも初めまして、この診療所で所長を務めているクオーレといいます。といっても僕しかいませんけど」


 クオーレは、優しさをアピールするかのような笑顔を浮かべて、ユシャリーノに手を差し出した。

 細身の体にも関わらず、ユシャリーノはなぜか大きな身振りに見えた。

 若干気後れしつつ手を差し出すと、クオーレからしっかりと握られた。


「は、初めまして……ユシャリーノです」

「そんなに警戒しないでくれよ。僕の心の方がやられてしまうよ」

「……すみません」

「なるほど、本来の君が隠れてしまっているね。初めての人ばかりだけど、おばさんと僕は君の味方だ。二人ともこの国の民ではないのでね、勇者を白い目で見たりはしないから安心して欲しい」


 いまだに二人から繰り出される話を受け止めきれないユシャリーノ。

 占い師に会う前の元気はどこへやら。

 クオーレは病みへと向かうユシャリーノの救出を始める。

 言葉巧みに、ユシャリーノ本来の持ち味である前向きな考えへと誘う。


「君は誰よりも素敵な心を持っている。これは事実なので、疑ったら自分がかわいそうだ。君の力で……そう、勇者の力で救ってあげて」


 ユシャリーノはクオーレから数々の言葉を畳み掛けられるうちに、自信を取り戻してゆく。


「そうだった、俺は勇者じゃないか。ああ……何か、忘れ物を思い出したような気がする」

「それはよかった。うん、いい感じですね。その調子で先に見える光まで行ってみよう」

「先に見える光……ああ、家が心配だな」


 クオーレは笑顔のまま首を傾げた。


「家?」

「うん。目を離すと壊されていたんで、また壊されているのかなあって」

「王都の人たちの行動が、何を思ってのことなのか。原因を探る必要はあるね。だけど、今は君自身を取り戻す方が先だ」

「俺自身……」

「そう。勇者が本領を発揮しなければ、何も解決できないだろう?」


 ユシャリーノの目線は斜め上を向いていた。

 これまで起きたことを整理しているのか。

 はたまた、肉の味でも思い出しているのか。

 クオーレは、家について思いを巡らせているとして話を続けた。


「家は、今より強固にするか場所を変えるべきだろうね。君が安らぐための場所が落ち着かないんじゃ、拠点としても成り立たない」


 クオーレは、両肘を両膝に下ろし、座ったままユシャリーノに近づいた。


「一つ提案なんだけど」

「提案?」


 ユシャリーノは、ぐぐっと近づいたクオーレに対して少し身を引いた。

 クオーレは、相変わらず絶やさない笑顔の裏に真剣さを滲ませて話を続ける。


「うん。君の上司に相談してみてはどうかな。まだ知らない情報をくれるかもしれないよ」

「じょうし?」


 またしても聞きなれない言葉を耳にしたユシャリーノ。

 困惑しているユシャリーノを見て、知らないことを教えているという立場を楽しむクオーレ。

 この二人のやり取りも、ユシャリーノの経験となって積まれていくのだろう。



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