2-3 王都民

 投げ込まれた物はどれも壊れたものだが、すべて修理した。

 壊れたものを放置しておくなど彼にはできない。

 それらは家を拠点として充実させるために使えるものばかりだった。

 自分にとって助けとなる付加価値を持っている。

 となれば元の姿に戻す、これ一択だ。

 ユシャリーノの直したい欲求を満たすことと、勇者として活躍するために必要な拠点づくり。

 そのどちらも叶うのだから。


 ようやく猪を調理できるようになり、飯にありつくことができた。


「たらふく食ったあ」


 空っぽの腹を一気に満たすと力が抜け、その場で腰を下ろして天を見上げる。

 調理後の焚火から上がる煙を見ながら呟いた。


「狼煙みたいだな……思いっきり肉を食べちまった、このままだとまずい。眠くなる前に次の作業をしよう」


 両手で地面を叩いて体を起こし、焚火に向かって両手を合わせると頭を下げた。


「ごちそうさま。作業の助けになってもらうよ」


 ユシャリーノは、腹を満たした後、直したものを届けるために家を出た。

 薄暗い茂みを抜けて街道まで出ると、まず左右をちらちらと見る。

 次に、たいして高さが変わらない背伸びをし、おでこに片手を当てて遠方を確認した。

 二度の拠点破壊を経験したのだから、自ずと警戒してしまう。

 きょろきょろとあちこち見ているユシャリーノの方が不審者に見えるが、幸い人の目は無かった。


「大丈夫そうだ」


 ぼそっと呟くと、王都民の居住区へと向かって歩く。

 城から拠点までの間しか見ていないユシャリーノは、居住区で目に入る景色すべてが新鮮だ。


「町って感じだなあ。家がくっついているのって生活し難そうだけど、どうなんだろ」


 山育ちのユシャリーノは、隣の家というと隣の山か、近くても同じ山の麓だ。

 人とのやりとりは、山仕事中に出会うか、大声を出して話をすることで互いの情報を得ていた。

 静かな山だからこそできる伝達方法である。

 やまびこがいい感じにムードを盛り上げていた。


「近所に向かって叫ばなくてもよさそうだけど、逆に何でも聞こえそうだな」


 ユシャリーノの予想は当たっている。

 夜の居住区では、夫婦が家の外で皿やレンガの投げ合いやら罵り合いやらをするか、抱き合ったまま朝まで愛を語り合う。

 または、酒場から追い出された酔っ払いが、意味の分からない奇声を上げて文句を言っている。

 そんな夜の町を知らないユシャリーノは、山で味わうことのない活発な雰囲気に心躍らせていた。


「みんな色んなことしてるなー。全部手伝ってあげたくなるじゃないか。とりあえず壊れたものを直す手伝いはできたから、早く返したいんだが――」


 持ち主のわからない物を返そうというのだから、ただ歩くだけでは叶わないだろう。

 町の光景を楽しみながら、どうしたものかと考える。


「せっかく人がいるんだから、聞くしかないな」


 答えはすぐに出た。

 返す相手はおそらく王都の人。

 その王都の人たちが、見える範囲のあちこちにいる。

 もしかしたら、尋ねた相手が偶然にも持ち主かもしれない。

 ユシャリーノは早速、家の前で花の手入れをしている婦人に声を掛けてみた。


「こんにちは」


 婦人は、聞きなれない声に振り返り、優しそうな顔で答えた。


「こんにちは。見かけない顔ね、どなた?」

「勇者です」

「……え?」

「壊れたものを直したのでお返ししたいんですが、持ち主がわからなくて……って、ちょ、何を!」


 婦人は突然、目の前にある花壇の土を一掴みすると、ユシャリーノに向けて投げつけた。


「ちょっとー、あんたー!」


 婦人は比較的穏やかだった表情を険しくして、家の中へ向かって叫んだ。


「お? どーした。もっと美人にでもなったか?」


 家の中から婦人の夫と思われる男性が現れた。


「この子がさ、勇者だって言うんだよ」

「勇者だあ? はっはっは。久しぶりにがつんと一発パンチの効いた冗談を聞いたな」


 婦人はユシャリーノの相手を夫に任せ、手入れの続きを再開する。

 夫は代役を引き受け、ユシャリーノに笑顔で話し掛けようとした――。

 したのだが……突然婦人の横をかすめて土を掴み、ユシャリーノに投げつけた。


「うわっ、何するんですか!?」

「わからねえ」

「はあ?」


 夫は、土をオーバースローで投げ終わった後の格好で止まっている。

 そばにいる婦人は構わず作業を続けているので、ただ夫がふざけているようにしか見えない。

 夫は態勢を戻して言う。


「なんだか無性に投げつけたくなった」

「そんなこと……」

「えっと、勇者……だっけ? まあ、たまにはそんなピリッとした冗談もないとな。飯も香辛料を使った方が美味い。俺は好きだぜ、そういうの」

「えっと、冗談じゃなくて、その――」

「まあまあ、いいってことよ。んで、そんなにいろんな物を担いでどうした」


 ユシャリーノは、直した物の中で一番大きい樽を背負い、その中にお返し物品を入れていた。


「あ、これ、壊れていたものを直したんです。なので持ち主に返したいんだけどわからなくて」

「ほう、樽まで直すとはなかなかやるねえ。見たところ俺んとこの物は無いな」

「そうですか」

「なあ坊主、持ち主探しを一軒一軒回る気か? それじゃあいくら時間があっても足りねえぞ。おまけにそれ全部、いらないものじゃねえか?」

「いらないもの、ですか?」


 ユシャリーノにとっては、とても便利で助けられた道具だ。

 どうにもいらないもの扱いができないので、不思議そうな顔をする。


「おうよ。人の好みの問題だからな。いらないと思うやつもいるし、必要だと思うやつもいる。人それぞれってこった」


 ユシャリーノは夫婦に礼をしてその場から離れる。

 とりあえず片っ端から尋ねてみることにして、民を見つける度に声を掛けた。

 しかし……、


「おっと、ごめんよ。珍しいな、俺が手を滑らせるなんて」

「ひっ! ナイフが飛んできた!?」


 別の場所では、


 ――――がっしゃーん!


「うわっ! 植木鉢が落ちて来た!?」

「なんてこったい、それ高いやつだったんだよ。あんたが受け止めてくれてたらねえ」

「そ、そんな……いや、勇者としては受け取るべきだったか。すみません!」

「まったくだよ。なんで当たらないのかねえ」

「――え?」


 行く先々で危険にさらされるユシャリーノは、居住区の一画を回っただけでへとへとになった。

 居住区から離れ、街道で気持ちを落ち着かせる。


「ふう。町ってめちゃくちゃ危ないところなんだな。山とは違い過ぎだって。これじゃあ獣も弱くなるはずだ」


 町からすると間違った認識だが、ユシャリーノにとっての事実は確かに危険な場所だった。

 山に育てられた鋭い五感が無かったら、すべてを失っていたかもしれない。


「一人も持ち主に会えなかったし、いったん帰るか」


 ユシャリーノは、投げ込まれた物の持ち主へお返しすることすらできず、しょんぼりして歩き出す。


「何か大きな間違いをしちまったのか? いくら知らない町とはいえ、ただ話を聞くってことがこんなに大変なわけがない。この町にとっては相当失礼なことをやらかしているのかも」


 ぶつぶつ言いながらとぼとぼ歩いているところで呼び止められた。

 また王都民かと思い、反射的に身構えてしまうユシャリーノ。


「ちょいとそこの少年、こちらで話を聞かせておくれよ」


 家路に就いた矢先であり、そのまま早く拠点に戻りたい気持ちだったが、


「ん?」

「こっちじゃこっちじゃ。声を掛けたのはあたしじゃよ」

「何か用?」


 小柄な身体に大きな帽子をかぶり、全身を染料にでも浸けたのかと思うほど濃い紫色に包まれた老婆が手招きしている。


「久しぶりに話がしたいのじゃ。さあ、はようこっちへ」

「え。あのー、お金は無いよ」

「そんなものいらんよ……いるけどいらん」


 老婆は、片手を適当に振って『いいから来い』という圧を放った。

 ユシャリーノは、一抹の不安を覚えるが、ふと、お店のおばさんから受けた『威嚇』を思い出して素直に従った。


「まあまあ、ここに座りな。あたしゃ色んな国を回っているただの占い師さ。珍しい人が目に入ったものでね。あんた、勇者じゃろ?」


 占い師は、小ぶりな机の前に置かれた椅子に座るよう促した。

 ユシャリーノの経験上、自分から勇者を名乗ると酷い目に遭うが、声を掛けてくる人は好意的に接してくれるという流れがある。

 確証はないが、淡い期待を持つ理由にはなるようで、言われるままに腰かけた。


「そ、そうだけど」

「なんだい、勇者ならもっと堂々としてな――と言いたいところだけども、まだ新人ならしかたがないねえ」


 占い師は、慣れた手つきで、机の上に置かれている手触りの良さそうな布切れを取り去る。

 すると、様々な色をした石が現れた。

 しばらくの間、手をかざしてじっとする。

 ユシャリーノは初めてみる光景に、何が始まるのかと占い師の手から目が離せなくなった。

 占い師がかざした手は、石を光らせながら宙を泳ぐ。


「ほう。これはまた、結構やられておるな。少年よ、自分では気づいておらんじゃろう」

「何を?」

「精神も身体もあまりよろしくないと出ておる。最近ひどい目に遭っていたり、自分の主張を聞いてもらえなかったりなどはなかったか?」

「おお、当たってる。確かにその通りで」


 ユシャリーノは困り顔をして頬を掻いた。


「こういう状態は一刻も早く治した方が良い。一度、心療内科で診てもらった方がいいかもしれんな」

「しんりょうないか……?」


 ユシャリーノは、なんとなく体のあちこちを確かめながら撫でてみる。


「見える傷ではない。心に傷があるんじゃよ」

「心に……」


 きょとん顔で胸に手を当ててみる。


「そうじゃ。外傷よりも厄介な時がある。ひどくなる前に治さないと、大病を患うことになりかねない」

「それは困る」


 ユシャリーノは、『外傷よりも厄介』、『大病を患う』という言葉に驚きはするものの、きょとん顔のままだ。


「ふむ。幸いここは王都じゃからな、たいていの医者が揃っておる。場所がわからぬのなら、連れて行ってもよいぞ」


 ユシャリーノは、馴染のないことを勧められて困惑する。

 これまで、医師に診てもらうことなど一度もなかった。

 ありがたいことに、心は晴れやか、五体満足で育っている。


「病院、か」

「そうじゃ……ん? 病院は初めてか」


 ――体の調子が悪いだと? 俺の体がそんなことあるわけない。

 ユシャリーノは俯いた。

 しかし振り返ってみると、占い師の言う通り、ろくなことがない。

 占い師は、俯いたユシャリーノに向けて同情している風に話を続けた。


「知らぬままの方が良いこともある。じゃがそれは、精神が蝕まれていると実感する期間を短くして誤魔化しているに過ぎぬ。知らぬまま絶えるか、知って立ち上がるか。勇者ならば後者だと、あたしゃ思うがの」


 占い師から気付けの一発『勇者』が発せられた。

 ユシャリーノの勇者心に薪が継ぎ足され、火力を復活させる。


「もちろんですよ! 俺が落ち込んだら民はどん底を突き抜けちまう。助けられるのは勇者である俺っすよ」


 短い時間だが、俯いて落ち込みかけたことに恥ずかしさを覚えたユシャリーノ。

 しかし、燃え上がる勇者心の勢いに任せ、きれいさっぱり事実を消し去った。


「ほっほっほ。やはり勇者は違うのう。ところで……医者はどうする?」

「紹介してください!」


 ユシャリーノは、およそ心療内科を紹介してもらおうという者の言い草とは思えない、張りのある声でお願いした。



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