第13話 私たちはついに──

「──っ!」


 言葉を聞いた瞬間、気持ちを受け止めて飲み込むよりも先に涙が頬を伝った。

 不安だらけの私の心の中に、まるで千賀ちかが入り込んで溶かしてくれているような感覚。


 これだけでもう十分なくらいなのに、千賀は私の手をぎゅっと握りしめてさらに言葉を重ねる。


「まだ学生だし、付き合ってもいないし、貯金も指輪も何もないけど。でも彩朱花あすかとこれまでずっと一緒にいて、これからもずっと一緒にいたいって気持ちだけはあるから」


 いつになく真剣な目で見つめられてこんなセリフ、ドキドキし過ぎて思考がオーバーフローしそう。


「な、なに、冗談とかじゃなくてほんとにプロポーズ……?」


 私は嬉しい気持ちと、その言葉をそのまま本当に受け止めていいのかという不安と、さっきまでの私の態度が混じって上手な返し方がわからなくて、こんな聞き返し方しか出来ない。


「ううん」


 でも、千賀はあっさりとそれを否定して。


「プロポーズはもっとちゃんと準備してからするよ」


 私は思わず目を見開く。

 つまりそれだけ千賀が私に本気で、将来け、結婚……とかしたいくらいには本気だということ。


 ついに私は感情を抑えきれなくなって、すぅっと伝う程度だった涙がとめどなく溢れてくる。


「わたっ……わたし、も。千賀 のことずっと好きだったし、ずっと一緒にいたいもん」


 私はわあわあと声を上げて泣きながら、今までちゃんと言えなかった気持ちを伝えた。


 私が真正面から好きだなんて伝えたらきっと友達のままじゃいられなくなると思って、これまではさらっとしか言ってこなかった言葉。


 泣きながら気持ちを吐き出す私を、千賀が頭を撫でながら抱きしめて聞いてくれる。


「すきっ、ずっと好きだったよ、ぐすっ……でも、すきが大きくなるほど将来を考えると不安になって、わたし、わたしっ……」


「ごめんね。ずっと悩んでたのに気付いてあげられなくて。私、自分のことしか見えてなかった」


 私は首を振って『そんなことないよ』と伝える。

 泣きじゃくってもはやちゃんと言葉が出ない。


「彩朱花」


 千賀が私の頬に両手を添えて涙を拭ってくれる。


「……色んな場所に行って沢山写真も撮って、思い出を残すのはすごく素敵だと思う。でも私は、それを彩朱花と一緒に思い返して笑い合える未来がいいな」


 きわめて優しい声色と表情をしながら、おでこ同士をこつんとくっつけてくる。


 千賀の目をちらっとみてみたら、千賀も涙を流していた。


「高校生活の3年間も、それより先も。彩朱花には私と一緒に居て欲しい」


「うん……」


 そして。


「私の……恋人になってくれますか?」


「……はいっ」


 私たちはついに恋人同士になった。



「……そろそろ落ち着いてきた?」


「うん」


 私が彩朱花に告白してから、しばらく埠頭ふとうのベンチで2人海を眺めながら、身を寄せ合い余韻に浸っていた。


 そういえば、前に彩朱花が泣いているところを見たのは一緒に恋愛映画を見に行った時だ。


 映画の内容は、両片思いの学生の男女がお互いに想いを打ち明けられず連絡先も知らないままに引っ越しをしてしまって、10年以上経って偶然再会して結ばれるというストーリー。


 あの映画を見た時の彩朱花は、もしかしたら彩朱花の想像していた将来と重なる部分があって余計に泣いていたのかもしれない。


 そう思うと、私は彩朱花のことを何も分かってあげられていなかったんだと痛感する。


 私が改めて彩朱花の涙を拭ってやると、やっと普段通りの笑顔を見せてくれた。


「えへ、ありがと。それじゃあほんとにそろそろ遅い時間になっちゃうし、帰ろっか」


「うん、帰ろう」


 彩朱花が私の腕に抱きついて甘えてくる。


 ……ついに恋人同士になれたんだ。


「……確かに同じ会社に受かって一緒に仕事をするのは難しいかもしれないけど」


「うん?……うん」


「ここ数年でテレワークも発達したし、例えば別々の会社に就職したとしても、テレワークがメインの会社同士に勤めたら同じ部屋で仕事が出来るね」


「……は!?え、天才!?」


 その発想はなかったと言わんばかりに全力でこっちを見る彩朱花。かわいい。


「まぁ今のは極端な例だし、彩朱花の言う『ちゃんと自分の気持ちで将来を考えるべき』っていうのとは逸れちゃうけど。でも、これからも一緒に沢山過ごせる道は、きっと見つけられるんじゃないかな」


「……うん、そっか。そうだよね」


 ようやくちゃんと納得してくれたのか、穏やかな表情で返事をしてくれた。


「私、彩朱花とずっと一緒に居たいから。頑張るね」


「うん、私もちゃんとがんばってみるよ」


 私達はいつもよりゆっくりとした歩みで駅を目指す。


 その足取りは、確実に前を向いて進んでいた。



 家に着いた頃には21時半を過ぎていた。


 いつも一緒に入ってるお風呂も、恋人同士なんだってことを意識すると途端に緊張してきて、千賀の体からずっと目を逸らしてた気がする。


 別に普段だってそんなまじまじとは見てないはずなのに。


 お風呂を上がった後、今日はもうあんまり何かしようって気分にならない……っていうと落ち込んでる時みたいな言い方だけど、今日の出来事を噛みしめて居たくてベッドに寝転がる。


 すると、千賀がベッドの上に腰を掛けて私の手を握った。


「……彩朱花。私ね、前に振られたあの日から、困らせたくなくてなるべく言わないようにしてたんだけど」


「うん」


「好きだよ」


「んぇっ」


 急に言われて変な声でた……。

 なんでもかんでも、恋人同士になったっていう補正がかかっていて変な感じがする。


 もしかしたら私、かなり舞い上がってるのかも……。


「ずっと大好きだった。これからは言いたくなった分だけ沢山伝えるね」


「う、うん、わかった……。私もす、すき……だよ」


 なんで千賀はこんなに平然と言えるのか分からない。


 ストレート過ぎる言葉にどきどきして、目を見て話せない。


 千賀が私の頬に手を当てて顔をくいっと動かされる。


 目があったと思ったら、千賀の顔がぐいっと近づいてきて私の目の前で止まった。


 私と同じシャンプーの匂いにすら意識が釣られる。


「ねぇ、ちゃんと目を見て言って欲しいな。私は彩朱花が好きだよ」


「わ、わたしも千賀のことは、好……き、だってば。私の反応みて遊んでるでしょ」


 照れたり、ジトっと睨んだりする私の表情を見てふふっと笑う千賀。


「私だって、千賀のことちゃんと好きって、ずっと言いたかったんだからね……」


 私が拗ねたふりをしてそういうと、千賀の表情から余裕がなくなった。


 そして私に覆いかぶさって来たと思ったら、体をぎゅうっと抱きしめられそのままキスをされる。


 恋人としての初めてのキスはなんか、凄く情熱的で……。


「ちゅっ、ふぅ、彩朱花……ちゅうっ、あいしてる……」


 唇が触れるようなキスじゃなくて、唇で貪られているようなキス。


「ねぇ、舌、入れたい……。ダメかな」


「…………」


 千賀からの情熱的な視線からつい目を逸らす。


 思ってることを言うにはやっぱり勇気がいるから……。


「……もういいよ」


「もういい……っていうのは?」


 千賀の目が少し不安そうな雰囲気になる。


「……ない、から」


「……?」


 小首を傾げてより不安そうな目になってしまった。


 や、ごめん……ほんとに恥ずかしくて。


「だから、その……断る理由がさ、もう無いから……。私たち、恋人になったんだし」


 私を抱きしめる腕がぎゅっと締まる。


「キスでも……それ以外でも、なんでも。許可なんてなしでさ、千賀のしたいこと全部……好きにして……いいよ」


 私の言葉を聞いた千賀の、次の言葉が一瞬詰まったのが分かった。


 キスの話だけだと思ってただろうし、不意を突かれたみたいな感じ。


「そ……そんなこと、本当にいいの?理性では鵜呑みしたらダメだって思ってるけど、理性でちゃんと抑えられる自信がないよ……」


「ならその代わり、この先もずっと私と一緒に居てよ。それを約束してくれるなら私はなんだっていいよ」


「そんなの……当たり前だよ。でも、キスとかならまだしも、それ以上に大事なこととかはやっぱりちゃんと許可を取ってからしないと」


「……じゃあ、今全部許可したから」


 ……正直恥ずかしすぎて、もう顔自体を全然千賀の方に向けられてない。


「全部って……私の自制心なんてそんなに強くないんだよ。……例えばもし私がえっちなことしたい気分になっちゃったら、好きにしてもいいんだって思って彩朱花を襲っちゃったり」


「だから……もう、全部許可したってば」


 千賀の心臓がどくんと跳ねたのが分かった気がした。


 私の鼓動も今めちゃくちゃ強くなってて、普通は分かりっこないはずなのに。


「彩朱花……。私、彩朱花と恋人になれたことが嬉しすぎて、今は普段通りに振舞う余裕がないよ」


「…………」


「だからそんなこと言われたら本気にしちゃいそうだし、本当に止めたくなったらちゃんと止めないとだめだよ。私だって彩朱花のことは傷付けたくないから」


「……うん、それはそうだね」


 それきりしばらくの沈黙。


 千賀は何か言わなきゃって考えてたみたいだけど、一向になにも止めようとしない私を前にして、流石に気持ちを決めたみたいで。


「……彩朱花。えっち、しよっか」


「……うん」


 10年以上の友達としての関係を越えてついに恋人同士になった私たちは、やっと心も体もひとつになれたんだ。


────────────────

◇あとがき(次回のお知らせあり)


えんだあああああああああ


……えー、先日PV数がついに1万を越えました。

ありがとうございます!!


そんなおめでたい週に、ついに(カクヨム版の)第1章がこれにて完結しました!

とりあえず『書き続けること』自体が目標だったので、かなり回によって掘り下げ方がまばらなのですが、それでもここまで読み続けてくれたみなさまには本当に感謝です!

何度か言っていますが、いつかちゃんと書き直したいですね!

もし本として出せる機会があるなら、実はここまでで1冊にできるくらいには加筆箇所の余地を残して書いています。

私のモチベ維持と、展開を早めて飽きさせないための工夫の兼ね合いで結構飛ばしていました!


それで来週なんですが、お休みさせていただきます!

なぜかと言うと、ミッドナイト版にて13.5話をアップするからです!

こちらで更新できないということはつまり全編丸々……ふふ。

そのため『カクヨム版の第1章が完結』という言い方になりました。

一応こちらでも形として13.5話を投稿しますが、その中身は私の1人喋りにでもなっているかもしれません(需要isどこ)


ちなみに今回の投稿日は、ミッドナイト版の『💖第7話』の投稿日でもあります。

気になった方はぜひ!!


……あ、さらに余談ですが実はミッドナイト版の第1話を投稿した日、ミッドナイトでの日間ランキングが✨でした!

本当に感謝しかありません!


ということであとがきに沢山書いてしまいましたが、また来週もよろしくお願いしまーす!!

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