第3.5話 じゃあ高校生らしいこと、する?

「……大丈夫?」


 映画のスタッフロールが終わり、劇場にライトが灯った。


 私が泣きじゃくる彩朱花あすかに声を掛けると、少し唸ってから返事をする。


「うぐ……ぐす……恋愛って美じいねぇえ」

 涙でメイクがぐちゃぐちゃに乱れている。


「美しくない顔になってるよ」

「うるざい……千賀ちかだって泣いてたの知ってるんだからね!」


 その指摘を受けて、思わず顔を逸らす。

 指で拭えば十分な程度にしか泣かなかったから大丈夫……なはず。


 とりあえず帰る前にトイレに避難して、あまりに酷くなったメイクだけは直してあげないと。



 帰りの電車内。ここから家に着くまでまだ1時間弱はかかるから、帰ったらちょうどいい時間だ。


「楽しかったぁ~、結局今までとそんな変わったことはしなかったのに、なんかちゃんとJK!って感じするなぁ」

「移動距離が広がっただけでも楽しいね」


 実際、新しい場所に彩朱花と2人で行くのはもうそれだけで本当に楽しい。


 普段通りの日常でさえ、好きな人とこんなにも近い距離感でずっと一緒に居られることは一般的にはあり得ないことだと分かっているからこそ、私は毎日が尊いものだと感じているのに。


 そんな風に幸せを噛みしめる私をよそに、どこかぼーっと遠くを見つめながら彩朱花が答える。


「そうだねぇ……」

「どうかした?」

「いやぁ、バイトどうしよっかなって」


 昼間に話していたことだ。お金を貯めて色んなところに遊びに行ったり出来れば、きっと楽しい青春になるだろう。

初めてのバイト探しだって、初めての出勤だって、彩朱花とならきっと楽しいだろうなって。


 私はそう思ってる。


「やってみたいのとかある?」

「私は今日一緒に色々回ってて飲食とかアパレルとか、楽しそうでちょっとやってみたいなーって思ったんだけど……さ」

 なんだか少し言い淀んだ後、一呼吸おいて告げられる。


「バイトは別々のとこにしない?」


 それは、これまで彩朱花となんでも一緒だった私からしてみれば、思いもよらない一言だった。

「……どうして?」

「私たちって昔からずっと一緒過ぎるからさ、流石にちょっとくらい違うこともしなきゃいけないんじゃないかなぁと思って」


 それはそうだ。むしろ普通、友達とは生活のリズムから何からほぼ全て違う方が当たり前なのだ。


 だから私は少し……いや、本当はかなり残念な気持ちを抑えて答える。


「んー、そっか。そうだね。確かに、今日だって普通の友達だったらこの後は電車降りて解散だと思うけど、私たちは当たり前に彩朱花の部屋で過ごして一緒に寝るもんね」

「そうそう、遊んだ日の終わり際って、なんか名残惜しいとか寂しいみたいな感覚になるって言うけど、私らの一日ってまだまだ終わんないのが当たり前だからさ」

「普段別れることが無さ過ぎて寂しいとか思ったことないね」


 これは本当にそうだ、普段一緒に居ない時間なんてトイレに行っている時くらいだと思う。お風呂に入る時すらいまだに一緒だ。

 少なくとも、高校生活が始まってから別々に過ごしていた日はない。


「それくらい距離感が近いからこそ、試しにバイトくらい離れてみない?」

「失って初めて気付く大事なこととかあるもんね。いいよ」

「そんな大仰な話じゃないけどね!?」


 別々と言われた時はショックを受けたけど、彩朱花の言い方からして多分、高校生活における新しい挑戦の一つに過ぎないんだろうなと思った。


 だからまぁ、寂しいけど、別にいいかなと思う。



 彩朱花の部屋に帰ってきて、お風呂に入ったりして今。


 今日は夕飯は要らないと事前に伝えてあったけど、結局食べずに帰って来たのだ。

 お昼に食べたハンバーガーと映画館で食べたポップコーンとでそんなにお腹は空いていないので、電車を降りた後に寄ったスーパーでお菓子や安くなった総菜を買ってきている。


「そういえば今日って、高校生らしく遊びたい日だったんだよね」

 そう言って私は、スーパーの袋とネトフリを開いたタブレットを持ちあげ、不敵に笑う。

「うん?そうだね」


「じゃあ高校生らしいこと、する?」


「……する!」

 意味を理解した彩朱花が目を輝かせて言った。

「あんなに遊んだのにまだまだ遊べて、しかも明日はまだ日曜日とかサイコー!」


 彩朱花は『オールでパーティをする』という響きを最高に気に入り、ハイテンションで私の前に座る。

 私もそれを当たり前のように抱き締め、一緒に何を見るか探し始める。


 この最高の幸せに思わず頬ずりをすると、彩朱花も『ん』とだけ反応して嬉しそうに頬ずりし返してくれる。


 ……本当に好きだなぁ。


 結局この後、3本目の映画を見ている途中のこと。


「……彩朱花?寝るなら歯は磨かないと」

「んん……」


 揺すってもつついても生返事しか返ってこなくなってしまったので、抱き上げてベッドに寝かせる。


「さ、片づけて私も寝よう」

 歯を磨いてきてから、総菜のパックやお菓子の袋を簡単に纏める。

 ふとベッドに目を向けてしまう。


「彩朱花……」

 ……今、すごくキスしたい。


 中学の卒業式の日に彩朱花に告白してフラれた時、もうこれまでの関係ではいられないんだろうなと思って、せてめ最後の思い出にと『嫌じゃなかったらキスして欲しい』とお願いをして、キスしてもらったことがある。


 結局その後、避けるように過ごす私に根気強く接し続けてくれたおかげで今があるし、私が『キスしてもいい?』と聞くと二つ返事で『いいよ』と返してくれるので、何度かしていたりもする。


 付き合っても無いのに私がそんなことしてもいいのかという葛藤や、なぜ私とキスが出来るのに付き合えないのかという疑問は残りつつも『いいよ』と言ってくれるのならしたいと思ってしまうのだ。


『私も、千賀のことはほんとに大好きだよ?でも、付き合うって話になると……うーんと、全然嫌じゃないし、むしろ嬉しいって思うんだよ?だけど……えっと……ごめん……』


 フラれた時のことを思い出してちょっと凹む。完全に脈無しの答えだったのに、どうしてこんなに仲良しでいてくれるんだろうと、1人の時間になるとつい考えてしまうので首を振って思考を打ち切る。


 これは単純に、付き合いたいって思うくらい好きになってもらえばいいだけの話なんだ。


 彩朱花の髪を撫でて、頬にキスをする。


「今日は『いいよ』って言ってもらってないからね」



「……はっ!今何時!?」


 今の瞬間まで寝ていた彩朱花が急に飛び起きた。


「もうすぐ11時だよ」

 やば!という顔をした後に、曜日を思い出したのか落ち着く。


「オールだって意気込んでたのに、結局1時過ぎには寝落ちちゃってたよ」

「んなあ~~~もったいない!」

 頭を抱えて残念そうに声をあげている。


「私らまだまだ駆け出しの高校生ってことだね」

「くそ~いつか本物の高校生になってやるからな~!」

「一応既に本物の高校生だよ?」

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