ぬいぐるみは喋らない

快楽原則

多様性とは何か。

 小学三年生の宮藤みやふじかえでは典型的ないじめられっ子だった。


 男のくせに楓なんて気持ち悪い名前!


 クラスの上位カーストに位置するいじめっ子にそう目をつけられてからというもの、地獄のような日々が始まった。


 生まれつき細い華奢な体つきも、いじめに拍車をかける要因となった。


「か細いお前には、われなかやまきんに〇んの悪魔が力を授けてやろう。パワー! ヤー!」

 小学三年生にしては図体が大きいそのいじめっ子は、休み時間になればそんな文言を垂れ流しながら楓を殴り続けるのだった。


 楓の身体には、日増しにあざが増えていった。


 クラスメイトは見て見ぬふりをした。


 ひとり、またひとりといじめの輪に加わっていった。


 担任の教師はというと、これまた見て見ぬふりをした。


 誰も何も聞いてはいないのに、同僚に楓といじめっ子は仲がいいようで休み時間よくじゃれていると、自分に言い聞かせるようにしながら言いふらした。


 家に帰ったとて、楓を助けてくれるものは誰一人としていなかった。


 楓の母親は、毎日彼を激しく折檻した。

 亭主関白な夫に感じている憤懣ふんまんを、楓で晴らしていた。


 父親は仕事から帰ってくると、夕餉の食卓でいつも楓を厳しく𠮟りつけた。

 彼はなよなよしい性格をした楓のことが、昔の自分を見ているみたいで大嫌いだった。


 楓にとっての拠り所は、五年ほど前に他界した祖母が買ってくれた巨大なハイエナのぬいぐるみだった。


 祖母の口癖は「楓くんがおっきなる頃にはいろいろ新しくなってしまっとるやろなぁ」だった。


 そのぬいぐるみは、名前をハイエナの『エナ』といった。


 楓は毎日のようにエナに泣きついた。


 濡れそぼったくしゃくしゃの顔をエナに押し付けながら、毎晩眠るのだった。


「助けてよ、エナ…おばあちゃん」

 そんな誰に届くわけでもないであろう悲痛の叫びをぬいぐるみにしみこませながら。


 ある朝、楓が目を覚ますといつも隣にいるはずのエナの姿がなかった。


 楓には寝ぼけ眼ながらピンと来ていた。


 きっとお父さんだ。お父さんが捨てたに違いない。


 これで僕の味方は誰一人としていないんだ。

 そんなふわふわとした絶望感に包まれながら、楓は赤色のランドセルを背負うと、リビングに顔を出すこともなくパジャマのまま学校へ向かった。


 楓のクラスは、校舎三階の一番奥まった場所にあった。

 どれぐらい奥まった場所にあるかというと、なんでそんな場所を普段使いの教室に指定してあるのか疑問を覚えるほどに、日が当たらなくじめじめした場所だった。

 

 いつにもまして、楓の足は重かった。

 教室へと続く階段、廊下を歩む足がずんっ、ずんっと鈍い音をたてているように感じられた。


 教室入り口の引き戸もやけに重く感じられた。

 

 精いっぱいの力を振り絞って扉を開けると、そこには天国が広がっていた。


 一面血の海。


 楓のことをいつも「女みたいだ」と言っていじめていたいじめっ子の主犯格グループは、全員全裸にされて陰部を切り落とされて席に座らされていた。

 そして彼らの胸がやけに膨らんでいるのは、切り落とされた彼らの頭が詰め込まれているかららしかった。


 周りで「男ならもっとがんばってやりかえしなさいよ」と嗤っていたクラスの女子連中は、もいだ腕を陰茎に見立てるみたいにして下腹部に突き刺されたままこと切れていた。


 担任は頭髪を全部抜かれ、目と口いっぱいに詰め込まれたまま仰向けに転がっていた。


 そして教卓に静かに腰かけていたのは、ハイエナの『エナ』だった。


 彼女の後ろの黒板には、血文字ででかでかとこう書かれていた。


『新・多様性の悪魔ここに見参!


   P.S 新しい時代はすぐそこさね』





 

 


 


 


 

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