転生したら憧れの先輩のぬいぐるみでした。ガチでただのぬいぐるみでしたがとりあえず愛でられています。【KAC2023 】

近藤銀竹

転生したら憧れの先輩のぬいぐるみでした。ガチでただのぬいぐるみでしたがとりあえず愛でられています。

 ああ。

 なんでこんな死に方をしてしまったんだろう。


 発端は、そう……

 憧れの玲香れいか先輩が反対側の歩道を歩いているのを発見したことだった。

 学園の花、玲香先輩。

 男女問わず、数百人のファンを持ち、本人はそれを鼻に掛けたりはしない。

 数十人の男子から告白を受け、それを全て断ったそうだ。

 制服を寸分の隙なく着こなした姿は、学校の良心だ。

 磁器のような肌は、二車線を隔ててもそのつややかさを主張している。

 夕陽を反射して栗色に輝く髪は当然校則違反ではなく色素の薄さのたまものだ。

 涼やかな目元は清流のよう。

 結んだ唇は知性を感じる。


 急に風が吹いてきた。

 そして玲香先輩のスカートを巻き上げたのだ。


 いけない!

 見る?


 いや!

 そのような不測の事態が起きたときに、信奉者がすることはひとつ!

 顔を背け、我が目だけでも先輩があられもない姿になることから守るのだ!


 …………

 それがいけなかった。


 肩が俺を追い越そうとしたフードデリバリーの自転車に接触する。転ぶフードデリバリー。斜めに片付けられた工事用足場に尻餅をつく俺。主を失った自転車が車道へと飛び出す。回避行動をするバイク。反対車線にはみ出したバイクは流線型のコンパクトカーに衝突。ライダーは奇跡的に反対側へ転がり無事のようだがバイクは空高く跳ね上げられる。落下したバイクは工事用足場の俺と反対側に激突。シーソーの原理で跳ね飛ばされる俺。走行中のバスの屋根に落ち、そのまま後方へ転がり、落ちたところへパネルトラック。来たよトラック。潰れ方はトマト。様式美。

 



   (⊂(( ̄⊥ ̄))⊃)




 大抵天井のクロスなんて一緒。

 知らない、照明器具。

 身体が動かない。

 あれだけの大事故だ。死んだものと思っていたけど。


 俺、呼吸してない。

 見える……天井。

 香る……いい匂い。

 聞こえる……足音。

 でも、呼吸してないようだ。 


 扉が開く。

 現れたのは……玲香先輩⁉


「お待たせ、ハヌマーちゃん」


 玲香先輩の声。

 ハヌマーちゃんって、誰?

 身体がぐわっと持ち上げられる。視界に玲香先輩が……でかっ!

 俺、玲香先輩に持ち上げられているらしい。

 くたっと首がやや上を向く。視界の下の方に玲香先輩。

 四肢にも首にも力が入らない。どうなっているのやら。


「さ、ハヌマーちゃん。こっちよ」


 そのまま巨大な玲香先輩に運ばれる。そして座らされる。

 目の前には、ガラスやプラスチックのタンクや樽が、所狭しと並べられている。その奥には、ビル一つ分はあろうかという鏡。


「湯上がりルーティンのお供はハヌマーちゃんよ」


 鏡に映る玲香先輩がいろんな液体を顔につけていく。彼女は水色のパジャマを身につけている。お昼の先輩とは打って変わって穏やかな雰囲気。湯上がりらしい彼女の肌は上気していて、そして大きい(身体が)。

 そして、俺の姿は……サルのぬいぐるみだ。

 え?

 ぬい……ぐるみ?

 ええっ⁉

 俺の身体、ぬいぐるみになってる!

 すると、俺はやはり死んでいたのか……

 で、玲香先輩が買ったぬいぐるみに転生してしまったのか……

 あのとき、先輩の清らかさを守るために目を背けたから、神様が俺にご褒美をくださったに違いない!

 しかし……身体が一切動かないぞ。こういうのって、すごい能力が身につくのが普通じゃないのか? これじゃあただのストーカ……いやいや、俺はそんな下劣なことはしない。俺は清く正しい玲香先輩の信奉しゃ――


「寝るよ、ハヌマーちゃん。あなたは今日おうちに来たばっかりだから、ハヌマーちゃんの貸し切りだよ」


 玲香先輩が再び俺を抱き上げる。

 そして……ベベベベッドの中へ。


「お休み、ハヌマーちゃん」


 玲香先輩の唇が迫る。

 先輩は俺のプラスチックの鼻にキスをすると、目を閉じた。




   (⊂(( ̄⊥ ̄))⊃)




 俺がハヌマーちゃんになって、しばらくの時が過ぎた。

 休日の玲香先輩は平日のクールな雰囲気とは打って変わって、華やかだ。フリルが幾重にも重なったワンピースを着込み、強めに巻いた髪に大きなヘッドドレスまで着けている。甘ロリ、とか言うんだったか。

 俺はといえば、ぬいぐるみになってからもずっと彼女の信奉者を続けている。そりゃあ確かに構造上瞼がないためにいろいろ見てきたけど、俺の心は清らかだ。


 今日もお出かけだ。同じような服を着たお友達とお出かけして、大体はお茶を飲んで帰ってくる。

 ハヌマーちゃんにチートスキルがあるわけではないので、お出かけのお供の縫いぐるみはローテーションだ。

 今日は俺の番。


「ごきげんよう」


 お友達と別れた玲香先輩は、家路につく。


「今日も楽しいお茶会だったわ」


 玲香先輩が、学園では決して見せない微笑みを湛えている。


「あの子のぬいぐるみとは仲良……ふぐっ!」


 急に視界の外から汚れた軍手が現れる。

 それは玲香先輩の口を押さえると、ビルの隙間に引きずり込む。

 何だ、こいつは!

 先輩がバッグを取り落とし、俺は地面に落ちる。ぺたりと座り込んだ俺の身体はただじっと先輩と不審者に顔を向けているだけだ。


 力一杯両腕と両足を振り立てる玲香先輩。しかし、相手は体格からして男。力でかなうはずがない。


「へへっ。一度こういう服の中身がどうなっているのか確かめてみたかったんだ。ヒラヒラしてる服を着てる奴なら誰でもよかった。丁度お前が通りかかったって訳だ。不幸な事故と諦めてくれや」


 しゃがれて品のない口調。

 男が暴れる先輩の正面に回ると、往復ビンタを放つ。


「いっ……!」


 布越しのくぐもった衝撃音が二度響き、先輩は上げかけた悲鳴を飲み込んでしまう。


「手の他に刃物もあるんだぜぇ」

「っ……」


 先輩の顔が恐怖に青ざめる。

 気を良くした男はそのまま汚い軍手の手を先輩の下半身に滑らせ、スカートの裾を掴む。


 俺は、ただ見ているだけ。

 なぜ?

 なぜ、ただのぬいぐるみ?


 石に引っ掛けて伝線した、白いストッキング。

 下卑た笑い。

 恐怖で大きい声が出ない先輩。


 なんのため?

 なんのために俺はぬいぐるみにされた?

 こんな悲劇を見せるために、神は俺を転生させたのか?


 ぎゅっと目を閉じる先輩。

 男の手が少しずつ持ち上がる。まるで恐怖する先輩を見て楽しむかのように。


 やめろ……

 お前が見ていいものじゃない……!


 お前のような下種げすが触れていいものじゃない!


 神よ仏よ運命その他諸々それっぽいものよ。

 俺に目の前の下種げすを止めさせろ!

 どうせ一度死んだ俺の命くらいならくれてやる。

 先輩とのいい思い出もたくさんもらった。

 思いを打ち明けられなかった運命も水に流す。

 だから、

 たった一度でいい。

 俺に玲香先輩を守らせろ!

 守らせてくれ!

 守らせてくださいお願いします!


 ずくん。


 突然、体中の綿が脈動する。

 力がみなぎる。

 プラスチックの目が紫に光る。

 

 みんなの

 玲香先輩に

 触れるな


「ハヌマービーーーーーーム!」


 魂の叫び。

 俺の目から発せられた紫の光は、身も心も汚い不審者の身体を跡形もなく消し飛ばした。


 直後に、視界が黒く泡立ち、閉ざされる。

 ああ、プラスチックが焦げたんだ。

 意識が、泡のようにはじけて少しずつ薄らいでいく。

 でも……いい。

 助けられた……から……




   (⊂(( ̄⊥ ̄))⊃)




 急に不審者がいなくなったことに当惑しつつも、のろのろと立ち上がる玲香。

 落としたバッグの横に焦げたぬいぐるみを見つけ、のろのろと歩み寄る。


「ハヌマーちゃん」


 ひざまずく玲香。目を失い、全身の焦げたサルのぬいぐるみを持ち上げると、炭の汚れが服に付くのも厭わず、抱きしめる。


「……悪い夢みたい。でもハヌマーちゃんが助けてくれた気がする」


 玲香は身繕いをし、できる限りの砂や汚れを落とす。そして悪夢から逃げるようにビルの隙間から早足で立ち去った。

 遠目には何事もなかったかのような、ほぼ完璧な表情と出で立ちで家路を急ぐ玲香。

 それでも、焦げたサルのぬいぐるみだけはずっと胸に抱き続けていた。

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