【KAC20232】書店員はコラボカフェで見た!

宇部 松清

第1話

 私の名前は遠藤芽理衣めりい。個人経営の小さな書店『WALL BOOKS』でアルバイトしている女子大生だ。


 学生にも癒しは必要だ。

 このストレスフルな現代社会を生きるためには、積極的に癒やしを得、適度なガス抜きをすることが必要だと私は思う。


 というわけで私は、学校もバイトも休みのこの日、駅前の商業ビル内で開催されている『はしっコずまいコラボカフェ』へとやって来た。


 はしっコずまいというのは、とにかく端っこが大好きだという、可愛らしくデフォルメされた動物達である。彼らはただただ端っこが好き、というだけではなく、各々なかなかに個性的な特徴があったりして、それが見た目の緩さとのギャップもあり、まぁかいつまんでいえばとにかく最高に可愛いのだ。


 ちなみに私の推しはシマウマである。普通のシマウマは白と黒の縞々模様であるが、そこはやはり可愛さをウリにしたキャラ。こちらの世界では、ほんのりアイボリーに、淡い水色の縞模様というゆめかわな仕上がりとなっている。彼はその生来の端っこ好きから群れになじめず、単独行動をしている、という孤高の戦士だ。『戦士』などという、ゆるカワにあるまじきワードが飛び出したが、公式設定なのだから仕方がない。


 その他にも、空気の読めないパワー系馬鹿のラーテルに、百獣の王の威厳0なほんわかライオン、常に困り顔の狼がメインキャラとなっており、その他にも脇役としてちまちましたのがいる。


 ぬいぐるみなどの大きなグッズになりやすいのはメインの四匹だが、バッグや服、小物などにプリントされる際には、そのちまちましたキャラ――蜂(シマウマと仲良くなりたいがシマウマからは煙たがられている)、きのこ(いつもラーテルに物理的に振り回されている)、花粉(ライオンにまとわりつき花粉症にした戦犯)、くっつき虫(常に狼の毛皮に絡まっていて彼の困り眉の要因)も一緒だったりする。


 一応メインキャラの相棒的存在ではあるのだが、なんかちょっとイチイチ迷惑なやつらだ。まぁ、きのこだけは被害者だけど。彼らをまとめて『めいわくフレンズ』なんて呼ぶ人達もいる。きのこに謝れ。


 そんなわけで『はしっコずまいコラボカフェ』である。

 私が注文したのはコラボカフェ限定コースター(ランダム四種)がつく『はしっコ達の夢の国』という名前のレインボードリンク(¥630 税抜)と、こちらにもコースターがつく『はしっコ達の癒しの丘』という名前のひんやりスイーツ(¥820 税抜)だ。


 ランダムのコースターは残念、シマウマではなく、ライオンと狼の肉食獣チームだった。ちっ、ハズレか。でも、こういうのは他のお客さんと交渉して交換してもらうのもコラボカフェの醍醐味だったりするからまぁ良い。


 それにしても、四方八方どころ見渡してもゆめカワの世界である。もう癒やされる要素しかない。お客さん達もスマホを片手に思い思いに癒やされている。


 あら、あっちは子ども連れのお母さん。お財布が大変ですね。

 あっ、こっちはカップルね。彼氏君が明らかにげんなりしてる。可哀想にうふふ。

 そしてあちらは、あらっ、男性二人組でご来店。良いよね、男でも可愛いものが好きだって。よく似ているお顔立ちだけどもしかして兄弟?


 そんであっちは――バァァァァァオオオオンンンッ!?


「僕、こういうところに来たの初めてだよ! 萩ちゃんは?」

「俺も、初めて」


 当推し①&②ぃぃぃっ!!


 待って!

 始まっちゃうの!?

 私・オン・アイスが始まっちゃうの!?

 完全に油断してた! 今日は心のスケート靴持って来てないのに! リンクの方から来ちゃった!? ダメダメ! あれは職場ホーム限定のやつ!


 何!? 君達何!?

 一緒に住んでるとは思っていたけど、えっ、単なるルームメイトではないのね!? もうそういうおデートとかしちゃう間柄なのね!? んも――ありがとうございます! ほんと命が助かります!


 二人がけのテーブルに向かい合って座る彼らは付き合いたてのカップルそのもの。しかも、何たる偶然か、彼らの席は通路を隔てているとはいえ、私の隣なのである!


 えっ、何!? S席じゃん? いやさ、SSSトリプルエス席じゃんこんなの! 追加料金必要じゃない!? えっ、どこに課金したらよろしいですか!? 金を使わせろ、私に! 何のために働いてると思ってるんだ!


 せめてこの二人に課金出来ない分、この尊い環境を提供してくれた『はしっコずまい』そのものに現金を落とさせていただくしかない! そうだ、ぬいぐるみ! ぬいぐるみを買おう! まずは私の最推しのシマウマぁ!(Sサイズ¥1200 税抜)


 望月女子の韋駄天と呼ばれた高校時代を思い出して、私は店内を競歩で移動し、素早くシマウマのぬいぐるみを買って席へと戻った。店内は走らないのがマナーだ。


 呼吸を整えて、ちらり、と隣を見る。

 どうやらドリンクメニューが配膳された後のようで、黒髪君の方は、瞳をキラキラと輝かせながら、幾層にもなっているゆめカワレインボードリンクを見つめている。あぁ! それを見つめる茶髪君の慈愛に満ちた目! その眼差しよ! ヘイ店員さん! こっちにも彼らと同じドリンクくださる!? 今日はもう金を湯水のように使ってやるから! ジャブジャブと! それはもうジャブジャブとね! 私はそれで命の洗濯をする!


 ハァハァ……早く私に何か冷たいものをちょうだい。心の地獄谷温泉が沸騰して干上がりそう。


「夜宵はどれが好きなんだっけ。持ってたぬいぐるみって……ライオンだよな?」

「全部好きだけどね、特に好きなのはライオンなんだ。ぬいぐるみがね、たてがみがふわふわで柔らかくて、あの……、は、萩ちゃんの髪みたいだな、って、その」

「……は? え? そ、そうなん……?」


 ンボァァァァァ――――ッ!!


 何だそれ!

 新しくキャラにハマる手順として、これほど美しくも正しいやり方がある!? 好きな子に似てるから、好きになっちゃう! そんなのもう王道オブ王道に決まっとろうがい! あぁぁーりがとうございまーす! っしゃあオラァ! ぬいぐるみもう一個追加だァ! だったら私もそちらの彼に似てるライオン(Mサイズ¥2200 税抜)おっ買い上げぇ!


 私は走った(走ってない)。

 望月女子のメロスとも呼ばれた私だ。私は推しのために課金せねばならぬ。いまはただその一時だ。走れ(走ってはいけない)、芽理衣!


 二つ目のぬいぐるみを競歩でお買い上げした私の心拍数は恐らくフルマラソン完走に匹敵するレベルだろう。もう、心臓が鼻から出ちゃいそう。


 やめて、私のライフはもう0よ。

 知ってる……? 推しの尊さからしか得られない栄養も確かにあるけれど、過剰な供給はむしろ毒なの。このまま摂取し続けたら、私たぶんここで死ぬ。ダイイングメッセージは『仰げば尊死とうとし』で良いかな? もう少し捻った方が良い? 背中の傷は剣士の恥だから、天を仰いで召されるわね。


 ゼェハアしつつも動向を見守る。供給過多とわかっていても、やめられないし止まれないのだ。車は急に止まれないし、推しが走り出したら私だって止まれない。


 と。

 

 どうやら当推しーズはグッズ販売コーナーに行くようだ。ここで彼らの荷物を見張ってても良いのだが、防犯意識のしっかりした若人はきちんと貴重品を持って移動するようである。賢い。平和な日本とて、いつ何時世紀末が訪れるかわからないからね。当然の危機意識よね。花丸。

 

 というわけで私もさり気なくついていく。レジのお姉さんが「まだ買うんですか……?」みたいな目でこちらを見ているが気にしない。確実にまだ買います。


 ごく自然に耳に入ってきてしまった情報によると、どうやら二人の関係者――特に女性の方は黒髪君のお姉様らしき――同士がお付き合いをしているとのこと。えっ、何!? おめでとうございます! それじゃ私からもささやかながら課金させていただきますね。すみませんお姉さん、こちらのボールチェーン付きのぬいぐるみ、全種類ください!


 どんどん荷物が増えていくが、これはいわば『幸せの重み』。『推しが尊い』という形のない、目にも見えない感情を具現化したものだから、逆にありがたい。こんなのもうナンボあっても良いですからね。


 しかしさすがにこれくらいで今日のところは勘弁してほしい(心身的・懐事情的に)、と思って、ほんの少し気を緩めた時だった。


「男はみんな狼、なんて言うもんね。萩ちゃんのこと、食べちゃうぞー! なーんて、あはは」


 あばばばばばばばば!


 何が起こった!?

 この一瞬の間に何が起こった!?

 私異世界に転生した!? こんな可愛い狼がいる世界線に転生したの!? てことは一回死んでるよね!? それも悔いなし!


 あぁもうほら、お相手の茶髪君も悶絶してるよ! 無理もないですよね! えっ、あなたのお相手さん、前世で国を傾けた経験ありません?


 もう駄目だ。

 これ以上この場にいたら、マジで死ぬ。『死因:推しの過剰摂取』とか洒落にならんて。


 もう帰ろう。

 私が正気を保てているうちに帰ろう。


 あっ、でもその前に――!


「もし良かったら、お二人のコースターと、私のライオンと狼のコースター、交換しませんか?」


 最後の力を振り絞った。

 通路を隔てているとはいえ、私と彼らの席は隣同士。どうやらランダムのコースターがハズレだったらしい、という話もばっちり聞こえていたのだ。そして、黒髪君の最推しのライオンを引き当てていた私は、早い段階で交換の交渉をするつもりでいたのである。それでまさか茶髪君が狼推しになるなんてミラクルが起こるとは思わなかったけど。どっちもあります! ここに! こちらのテーブルに!


 いずれにしても、私の引きよ、ありがとう! 一度はハズレなんて思ってごめんなさい! 当たりも当たり、大当たりのスペシャルチケットでした!


 店員さん! そこのLサイズの困り狼ぬいぐるみください!(¥3800)



 かくして私は、二週間分の食費と引き換えに、来店時より五倍くらいに膨れ上がった荷物を抱えて、ホックホク気分で帰路についたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20232】書店員はコラボカフェで見た! 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ