忘れているトラウマ

卯野ましろ

忘れているトラウマ

 両親の話によると、小さいころの私は「へにおくん」(仮名)というキャラクターのぬいぐるみが大の苦手だったらしい。


「へにお出すよ!」


 私が言うことを聞かなかったり、いたずらをした際には母も父も決まって、その台詞を言っていたとのこと。そして、へにおくんを出される度に私は「やだやだ!」と号泣して怖がっていたらしい。

 しかし今の私には、そのぬいぐるみを怖がっていた記憶がない。ちなみに今の私は、へにおくんを見ても全然平気だ。むしろ「へにおくんたちのガールフレンド、二人共かわいいな。この子たちのゲームのプレイ動画があったら見てみよう」と、良い意味で興味が湧いている。あのころの私は、なぜそんなにもへにおくんを嫌がっていたのか。全く分からない。

 そんなわけで私は母に「何で私は小さいころ、へにおくんのぬいぐるみが苦手だったの?」と聞いてみた。すると母は「へにおの顔が怖かったからじゃないの?」と答えた。ますます謎である。恐らく母も父も、私がへにおくんを怖がっていた理由を覚えていないのだ。あるいは最初から知らなかったのだろう。

 そんな私にも唯一、へにおくんのぬいぐるみについて覚えている出来事がある。それは、


「へにおバイバイ!」


 へにおくんとの別れのときである。整理整頓をしていた母が言っていたことは、なぜか忘れていないのだ。私はあのワンシーンを、はっきりと覚えている。また、そのとき私は既にへにおくんを怖がっていなかったようだ。へにおくんのぬいぐるみが処分されたのは、それが理由かもしれない。

 そして私は、一つ疑問に思った。どうして私の家に、へにおくんのぬいぐるみがあったのだろう。あんなにあっさりとバイバイしてしまったということは、私の両親はへにおくんに興味がなかったのである。そんな好きでも嫌いでもないキャラクターのぬいぐるみが、なぜ私の家にあったのか。それも不思議だ。

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