消えたぬいぐるみ

チャーハン

消えたぬいぐるみ

 初めまして、皆さん。僕の名前は門三郎もんざぶろう

 友達のこよみちゃんの家に、昔住んでいた熊のぬいぐるみです。

 僕は今、違う人の家に住んでいます。容姿は正確に分かりません。


 僕が居る部屋に入る時、必ず黒色のフードとマスクを着ているからです。

 その人は部屋に入ると、ゴム手袋を付けて体の至る所を触ります。

 

 暦ちゃんから可愛いと言ってもらえた頭を叩きます。

 鼻の頭をぐりぐりと指で圧迫します。

 体に針を刺してぐりぐりとえぐってきます。

 

 はっきり言えば好きでは無い行為です。

 体が動かせれば噛みついてしまうでしょう。

 それでも僕は、自我を保ち続けます。


 それが理由は、僕の思い出が起因します。


「門三郎。ずっと、ずっと一緒だよ!」


 温かな掌の温もりが、僕の頭を刺激する。その温かさがとても心地よかった。

 それが愛されていると言う事なのだと、僕は理解していた。

 僕は、愛がほしかった。そんな単純な理由だった。


 それなのに、暦ちゃん。


 何で僕から去ってしまったの?

 何で僕の前から消えてしまったの?


 脳の無い頭の中で疑問が過っても、答える力を僕は持ち合わせていない。

 それでも、僕は理由を見つけるために答えを模索する。


 やがて、紅葉舞い散る秋になった。

 寒々とする風が吹き、僕の身体を冷やしていく。

 せめて服を着たい。ぬいぐるみながらそんなことを考える。


 そんな時、何時もの様に扉が開く。

 そこに立っていたのは、フードの男では無かった。

 いや、もしかしたらフードの男の正体なのかもしれない。


 白髪の髪の毛に、歯並びの悪い口。整っていない髭に、しみや何かの液体が付いたシャツ。簡単に言うだけでも、不衛生の塊だ。何故そんな人物がこちらに来たのか。

 その理由を知るのは、単純だった。


「やっとだぁ……やっと計画を実行できるぅ……キヒヒヒヒヒヒヒ」

  

 男はそう言うと、突然窓を開ける。そして、僕を外に放り投げた。

 二階程度の高さだった為、僕は地面に叩きつけられるのだろうと思っていました。

 しかし、来ると予想していた痛みは訪れませんでした。気が付いた時、僕は誰かに抱えられていたのです。


「門三郎、だよね?」

 

 声を聞いた瞬間、僕ははっと我に返りました。


「やっぱり門三郎だ! 久しぶり! 元気だった!?」


 顔は分からなくても、声でわかります。僕を手に取ってくれた人物は、暦ちゃんだったのです。予想外にも再会できた僕は、驚きと喜びの感情に包まれました。


 それから、三か月経過しました。季節は冬でした。

 粉雪が降り注ぐ街を眺めながら、僕は星を眺めます。

 きっと今日も良い日だろう。そう思っていました。


「これか、やつが言っていたのは――」


 そんな時、知らない人物の声が聞こえてきました。

 野太くて低い声。その声を僕は一度も聞いたことがありません。

 僕が初めて声の主を見た時、僕は宙ぶらりんに浮かばされていました。

 どこかの体の部位が破られる音がします。


「うわぁっ!?」

「きゃあああああああああ!!」


 直後、悲鳴のような絶叫が聞こえてきました。

 声の主は、暦ちゃんだと僕は理解しました。


 寒空に浮かぶ雪を見ながら、何が起こったのか理解出来ないまま――

 僕は暦ちゃんと永遠の別れを果たすことになりました。


 最後に、暦ちゃんと別れる時――僕は一つ気になるものを見ました。

 彼女の両手に入っていた、小型の機械のような物。

 あれが一体何だったのか、今の僕は知る由がありません。

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消えたぬいぐるみ チャーハン @tya-hantabero

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