マジーナの末子とフラァゴリーノ【KAC2023:ぬいぐるみ】

汐凪 霖 (しおなぎ ながめ)

第1話

 とろんとした瞳に映るのは、高貴かつ可憐な白い花弁。強香種のなかでも人気の高い品種の白薔薇だ。甘やかでありつつ清爽感も含んで、うっとりするような素晴らしい芳香かおり。痛みも悲しみも忘れさせてくれる──。

「やだリッポったら。ずっと そこに居たの?」

 背後からの声に、飛び跳ねそうになるほど驚いた。

「そろそろ昼食よ?」

「……ぼく、お腹空いてない」

「あらら。まだ臍曲げたままなのね、リッピーノ」

「ほっといてよ、ダニエラ」

 長姉の笑い声が叩くように響く。

「はい」

 目の前に、細く柔らかい毛皮に包まれた愛くるしい うさぎの ぬいぐるみが差し出された。東雲色ローザ・アルバの毛は艶が戻り、苺色フラァゴーラの瞳も元の位置に輝いている。

「直してくれたの?」

 感動に声が震えた。

「お祖母ちゃんの手づくりだもの。私にとっても大切だわ。きっとリーナにとってもね」

「それはどうかな」

 甥が可愛くないわけではない。でも、まだ ぬいぐるみを扱える年齢ではないのだ。リーナが勝手に持ち出したカルミレッリの想い出の ぬいぐるみは。戻ってきたとき腹が破れ、耳は千切れ、目玉に至っては落ちているという惨憺たる有り様だった。悲鳴を上げ、顔を真っ赤にして怒ったが、姉は「子どものしたことに騒ぐな」と一蹴したのだ。謝りもせず。

 人見知りが強く、幼いころ孤独だった自分の最初の友だち。

「フィリッポ・カルミレッリ。この子と仲良くできれば、きっと皆とも仲良くできるわ。さ、名前をつけておやり」

 優しい祖母の声を今でも鮮明に思い出せる。

 ひとりぼっちの寂しさを、祖母とフラァゴリーノが消し去ってくれた。大人になったからといって手離せるものではない。

 ──身勝手で居丈高で。お祖母ちゃん以外の女の人は みんな恐い。

 うさぎのフラァゴリーノを抱きしめて俯く耳に、ダニエラが囁いた。

「縫ったのは私だけど、綺麗に洗ったのはリーナなのよ。許してあげて」

「えぇぇ」

 指差す先に影が見えた。

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マジーナの末子とフラァゴリーノ【KAC2023:ぬいぐるみ】 汐凪 霖 (しおなぎ ながめ) @Akiko-Albinoni

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