月の桃 2


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


「で、何なんだ?説明しろ」

「うん。聞きたい」

「えー、帰ってからにしましょうよ。僕だって永遠が欲しいんですから」


「もう十分生きてるだろ」

「えー」

蘭滋(らんじ)さんが渋って月の方を見る。


「心配するな、桃食った時から俺たちには興味無くしてる」

「あ、そうなんですか?見られてると思ってお行儀よく食べてたんですが、無駄でしたね」

「ああ」



「では、話しましょう。ただしこれは僕の想像です、仮説ですらない」

「うん」

「しかし、絵都(えつ)君がひらめいて、華寿海(かすみ)がこれは神の仕業だと確定させましたからね。1%ぐらいは可能性があるのではないかと思っています」

「そんなに低いの?」

「逆です。こんなに高いんですよ」


「世界には、様々な神様がいて、それらにまつわる話も様々あります。大抵は僕たちにとって大昔の話ですね」

「うん」

「世界中の神のエピソードを見比べていくと、いくつかの話に共通した特徴が見えてきたりします」

「神様たちが同じようなことをしてるってこと?」

「そうですね。例えば、『神様が世界を作った』というのもそうですね」

「え!そうじゃないところもあるの?」

「ええ。『とても身体が大きな巨人がおり、その死体から万物が生まれた』というようなエピソードが語られる地域もあります」

「へぇ…」


「他にみられる共通点の一つが、『神が人間に選択肢を与え、人間の生死を左右する』という話です」

「…どういうこと?」

「……」

「例えば、神様が人間に石と果物を授けます。絵都君だったらどちらを選びますか?」

「石って、ただの石?」

「ええ、綺麗な宝石ではなく」

「じゃあ果物かな、美味しいし」

「私も同じです」


「でも、桃を選んだ人間から、神は永遠を奪ってしまうんですね」

「どうして?」

「石は硬くて不変だから、果物は柔らかくて腐りやすいから、だそうです。そうして神は、人間を果物のように脆くて老いやすく、つまりは死を与えるのですね」

「…うーん」

「まぁ、そういう神もいたという話です」

「分かった」


「そして、ここでもそれが行われていたとしましょう。僕たちは神様に試されていました」

「うん」

「果物は桃、石は輪の向こう側に、同じように皿に乗せられているのでしょうね」

「え?でも『向こう側に石は無い』とか言ってなかった?」


「それは嘘です。僕には石が有るのか無いのかわかりません」

「え」

「有るか分からないのに、反対側に行くなんて面倒でしょう」

「若返りの薬のためなら月まで行くんじゃないのか?」

「華寿海…、二人が寝ている間に、僕がどれだけ歩いたか分かりますか…?僕は二人と違って家に引き篭もっていますから」

「ははは」

蘭滋さんの大袈裟な表情が面白かった。


「それに僕も桃を食べたかったですし」

「帰ってから食え」

「ふふ」


「で、結局何なんだ?」

「簡単に言えば、」


「まず、神様に桃と石を選択させられそうになりました」

「うん」

「しかし、僕は大きな月の光を浴びて錯乱し、桃と月の区別が付かなくなってしまい、『月』を選んだということです」

「そういうことか…」

「月も石と同じように不死の象徴ですから、僕は永遠の命を得られたのかもしれません」

「ああ、神様を騙したってこと?」

「そうも言えます」

当然のような顔をして、蘭滋さんが言う。


「まぁ、僕の妄想でしょうけどね。そこまで期待していません」

「だな」



「僕は、絵都君が『桃』を選んだのが意外でした」

「……よく分からないから」

「何がですか?」

「…、分からない」


「そうですか、ではこれから分かっていけたら良いですね」

「うん…」


何も分からない僕は、空いた皿をずっと見ていた。

僕が付けた深い傷は、もうそこには残っていなかった。

音のない空間で、蘭滋さんの声が遠くへ逃げていく。

未熟、未形、未定。

苦い気持ちだけが、胸に残った。




———————————————



「どうやって出ましょうか?」

「考えてなかったのかよ…」

「ええ」


「『出して』と頼めば出してくれると思うんですけどねぇ」

「ちゃんと考えろ」

「叫んでみる?」

「おい…」

「良いですね」


「すると、どこに向かって叫ぶのがいいでしょうか」

「華寿海、今神様の気配どこにある?」

「…月」

「大きいですね。でもまあ、適当でいいでしょう」

「そうだね」

「……」



「絵都君良いですか?」

「うん、せーの、」




「「出してくださーーい!!!」」







反響もせず、声が吸い込まれていく。




「華寿海。…神様、どう?」


「…落ちる」

「え?」


その時、


確実だった床が抜けて、


夜空、かと思ったら


僕たちは青い空に落ちて、


息が吸えなくなって、


強い風が身体を叩いて、


痛くて、


目を開けていられないのに、


目から涙が出て、



気付いたら華寿海に抱えられていた。

突然身体が浮いて呼吸が楽になり、落下速度が緩くなる。



「っ、華寿海」

「ああ」

「ありがとう」

「…いや、どうにか風を除けているがこれが限界だ。このままだったら地面に落ちて死ぬ」


「僕のこと、落としていいよ」

華寿海は自力で飛ぶことが出来る。邪魔なのは僕だ。


「……ふざけんな」



そのまま、僕たちはゆっくりと落ちていった。

空には雲ひとつなくて、下には暗い海が広がっていて。

目がおかしくなりそうだった。

僕たちは、海に落ちていくのだろう。





「あなた達、何してるの?」


「え、誰?」

「飛ぶならちゃんと飛びなさい。それだと危ないわ」

人間の形をしたものが、目の前に現れた。


「助けて」

「え?」

「僕は、飛べないから」

「あら、あなた人間?」

「そう。お願い、早く」

「それはごめんなさい、これを付けて」


そういって、薄くきらめく布が首に掛けられた。

その途端、僕は本当に空に浮くことが出来た。


「うわ、これ、浮いてるの?」

「ああ」

肯定しながら、華寿海は僕のことを降ろそうとしない。

「降ろしても大丈夫だよ?」

「いや、このままで良い」


「ああ、良かった」

僕に布をくれた子が、安堵した表情を見せる。


「ありがとう。本当に助かったよ」

「いいえ、それよりあなた本当に人間なの?」

「うん、そうだけど…」

「それはツイてるわ!」


「私は天女よ」

「天女?」


「良かったらあなた、私の所に来ない?」

天女は、そう言うと僕の頬に口付けをした。




終わり(続く)


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ペリドットの寺 @hello_dosue

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