秘めいし

尾手メシ

第1話

 母が旅立った。

 父も数年前に彼岸に渡り、これで両親ともが鬼籍の人となる。

 何となく気の抜けたような心持ちで姉と話し合い、母の遺したものは、その殆どを処分してしまうことに決まった。思い出の残る家を手放すことには抵抗があったが、相続した後の管理を考えればしかたがない。

 形見分けとして、母のテディベアだけを連れて帰った。


 父は昔気質の人で、「ああ」とか「うん」とか言うばかりで、母と仲よく話しているところは、ついぞ見たことはない。贈り物なんてもっての外である。父の何が良かったのかと母に訊いたが、

「まぁ、そんな時代だったのよ」

と、薄く微笑っただけだった。

 そんな父が、唯一母に送ったのが件のテディベアであるらしい。

 母によれば、プロポーズの指輪代わりに父が渡してきたとのことだった。

「あの人、ケチだから」

なんて母はうそぶいていたが、その言葉とは裏腹に、大切にしていたことを知っている。テディベアをうっとりと眺めている母を、時おり見かけることがあった。


 最初に気がついたのは夫だった。

「背中に縫い目があるぞ」

と言われて見てみると、確かに背中の服の下に縫い目がある。

 ひと目で素人の手だと分かる縫い目で、これは母の手だろうか。

 母の秘密を暴くようで躊躇いはあったが、好奇心には勝てずに糸を解いた。

 現れた口は、長さが十センチほど。恐る恐る手を入れてみると、詰まっている綿の中に、何か硬いものが指先に触れた。取り出してみると、指輪が三つ。父と母の結婚指輪と、母の誕生石の付いた指輪だった。

 誕生石の指輪を手に取ってしげしげと眺めてみると、輪の内側に何かが彫ってある。

「アイスルキミへ」

横から覗き込んだ夫が読み上げた。

 二人、顔を見合わせて笑ってしまった。

 一体父は、どんな顔をしてこのテディベアを母に贈ったのだろう。どうやら父は、私が思っていたよりもはるかにシャイで、ロマンチストだったらしい。

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秘めいし 尾手メシ @otame

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