【KAC20232】ぬいぐるみを譲りたい

赤ひげ

趣味を持たない男

 二十歳の頃の僕はこれと言って趣味を持たない男だった。


 そんな僕の友人がテディベアのぬいぐるみを集めていて、その繋がりで様々なコレクターの人と繋がりを持てたことは僕の人生の転機だったというのは決して過言ではないと思う。

 コレクター仲間の人たちも決して裕福とは言えない中で、食費を削りお金を貯め、時間を捻出しては様々な骨董屋を巡った。

 仲間たちとの思い出は決して色褪せることはないだろう。

 そんな中、不本意ではあるがコレクションを手放す必要が出てくる人だってもちろん出てくるんだ。


 仲睦まじい夫婦は

「これから生まれてくる子供のために部屋を空けて迎えたい」と。


 そんな人たちのコレクションにはシュタイフというテディベアの元祖かつ最高級ブランドの物、ジェリーキャットと言う英国王室御用達ブランドのぬいぐるみ等も多々存在する。

 だが、みんな売ることなど一切考えておらず、コレクションをまとめてもらってくれる人を探し譲りたいという思いが共通していて、その心意気にも涙が溢れそうだった。


 コレクターとして競い合った強敵ライバルでありながら、裏を返せばどれだけぬいぐるみを大事にしているか十分に知っている仲だとも言える。


 そんな気持ちに僕も胸を打たれたんだろう。


「僕で良かったら引き取ります」


 そんな言葉がつい出てしまったんだ。

 親の持つマンションで一人身で暮らしている僕は部屋だけは余っていた。

 間取りはファミリー向けの4LDKだからね。


 仲睦まじい夫婦は僕の言葉に眩い笑顔を向けてお礼を言ってくれたんだ。

 僕はその夫婦や友人に保管のいろはを教えてもらい引き取ったぬいぐるみたちと共に家族同然な暮らしを始めたんだ。


 ご夫婦さんの噂が他のコレクター仲間にも伝わったのだろう。

 結婚や出産を機に仲間に譲り、大切に保管するちょっとした文化が芽生えたんだ。

 ――僕も結婚する時に誰かにまとめて譲ってあげよう。

 そんな慎ましやかな願望も芽生えたりした。


 今まで寂しさをぬいぐるみで埋めていた女性は

「もう彼がいるから大丈夫。でもこの子たちを大事にしてくれる人の元で暮らさせてあげたい」と。

 僕に二十体を超えるぬいぐるみを譲った。


 またある人は

「結婚を機にコレクターを卒業する」と。

 僕に十体のぬいぐるみを進呈してくれた。


 どのぬいぐるみも新品同様とはいかないが、アンティークのように優しい温もりをもったぬいぐるみばかりだった。


 そして僕がコレクターとして活動して十年。

 僕は三十歳を迎えていた。




 コレクター仲間、最後の一人である僕の友人がテディベアコレクションを僕へ譲り笑顔が素敵な婚約者と帰路についた。


 僕は新たに加わった子供たちを配置して改めて部屋を見渡して呟いた。


「僕が譲れる日はいつかな……?」


 ちなみに来月、ギネスワールドレコーズの公式認定員が来てくれる予定だけど、僕が今流している涙はどちらの涙なのか、僕にはちょっと分からない。

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