おひなさまのひとりごと。

CHOPI

おひなさまのひとりごと。

 赤を基調として、金色などが織り込まれた煌びやかな着物。真っ白なお顔に、小さなお口には紅を。頭にも煌びやかなかんざしを挿して……。


 今日は、ひなまつり。一年に一度の女の子の日。


 ******


「とはいえ、ねぇ」

「……雌雛めびな、足をそこまで崩すのは如何なものかと……」

「うるさい雄雛おびな、人間にばれなきゃ大丈夫だから」

 『いや、そもそもそこが問題じゃなく、女性の形をしている時点で云々……』と隣で延々と語る雄雛を軽く無視する。こいつは本当に堅苦しいというか、生真面目というか。いいじゃないね、別に。人間だって今は寝静まる時間なんだし、足くらい崩さないとやってらんないわよ。


 だいたい毎年2月の中頃から3月3日の本番、で、さっさとしまわないと娘の嫁入りが遅れる、しかも1日ごとに1年婚期が遅れる、とか言われたりするんでしょ? それで急いで防虫剤と一緒にまた1年間、暗い箱の中。仮にも結婚式を表しているのよ、私たち。めでたい縁起ものじゃない。それなのに暇な期間が長すぎるのよ。その間、ずーっと誰にも見られないのに着物を着続けているのよ? 本当に、着物を着たことある人ならわかると思うけど、結構着ているだけで疲れる物なのよね、着物って。……え? 慣れていればそんなことは無いはず? ちょっとアンタ。真ん中の官女、こっち来なさいよ、やるならやるわよ?


 ホントにもう……。今年も無事に出してもらえたから良かったけど。来年とか危ういんじゃないかしら? え?なんでって? ちょっと子どもが5人、一斉に喚かないの。万が一人間が来たら大変でしょう。いい? ここから見える、あのゆりかごの中には、人間の赤ちゃんが眠っているのよ。さっきもビービー泣いていたでしょう? 来年の今頃はもう少し大きくなって、きっと私たちの入っているこのガラス箱にも手が届く可能性があるわ。そうなれば『危ないから』って言って出してもらえない可能性の方が高いでしょう? 私たちは子どもの成長を願って作られているんだから、仮にも子どもを傷つけるようなことがあっていいはずがないじゃない。わかった? もうこれは仕方ないこと、って諦めなさい。その次なら可能性は少し戻るんだから。


 ふぅ……、ってなると、ここから見えるあの桜も一回見納めね。この家には窓の外に桜が見えるから、人間にばれないように花見酒するのが楽しみのひとつだったわ。河津桜、私たちが飾られている間に奇麗に咲いてくれる花なのよ。アレを見ながら右大臣と左大臣と一緒に、官女にお酒注がせて5人が得意な笛や太鼓の演奏を楽しんで。……あぁ、雄雛だけはびびりまくってあんまり参加しなかったけど。とにかくここから見える夜桜はとても奇麗だから。見納め、っていうのは、ちょっと寂しいわね。


「なんでうちの雌雛はあんなにこう、おしとやかさが無いんだろう……」

「は? なんか言った?」

「いえ、別に……」

「こっちは聞こえてんのよ、何か文句あるなら面と向かってハッキリ言いなさいよ」

「滅相もございません」

 ……ったく。何がおしとやか、よ。私そういうの、一番嫌いよ。作られて、気が付いたら台の一番上に座らされていて。動きにくい重たい着物、白く塗った顔、赤い紅。堅苦しいったらありゃしないんだから。


「おひなさま、うごいてる……?」

 その時一斉に、みんなが固まった。視界の端で確認したら、私たちがこの家に来た理由の人間の子がそこにいて。だけどセーフ、完全に寝ぼけてる。人間の子の瞬きがとてもゆっくりなその隙に、みんな立ち位置を一斉に戻す。

「……ん……? あれぇ……?」

 そういいながら人間の子はまたゆっくりと眠りに落ちた。


 ……、アンタも随分大きくなったわね、人間の子。アンタが生まれた次の年、私たちはこの家にやってきた。それから数年。アンタの成長を見るのはこの時期だけだけど、アンタも私と同じで、おしとやか、からは遠そうね。小さな膝小僧に、いつも絆創膏が絶えないの、私ちゃんと見ているんだから。それに私たちが出されてる期間だけで、その絆創膏の枚数が増えるのも今に始まったことじゃないしね。別に、元気な証拠、でいいじゃない。


 おしとやか、なんて、クソくらえよ。喧嘩上等、文句あるやつはかかって来なさいよ。そういう女の子がいたって、そういう雌雛がいたっていいじゃない。人間の子が多種多様なように、私たちだってそれぞれ違うんだから。


 全く、型にはめるのもそろそろ止めてほしいわね。

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