僕はぬいぐるみのクマ。異世界転生したよ。

みちのあかり

異世界転生のクマ

 ボクはぬいぐるみのクマ。中国の田舎の工場で雑に作られたんだ。クレーンゲームの景品なので、少しでも安くするために雑で構わないって言われながら。


 船でギュウギュウ詰めで日本に送られた。クレーンゲームの機械に入れられると、爪で持ち上げられ、上から落とされ転がされ……。毎日毎日痛みとの戦い。腕をつままれ落とされる。首を絞められ落とされる。誰でもいいからこの地獄から救い上げてくれ。誰でもいい! 頼む!


 そう願った時、ステキな少女がボクを見事に取り出してくれた。


 少女はボクをギュッと抱きしめてくれた。柔らかな双丘が顔にあたる。

 ボクはドキドキしてしまった。


「カワイイ! うん。この子は弟へあげましょう」


 少女は家に帰ると、年の離れた8歳の弟にボクをプレゼントした。




 ……そこからボクの地獄の日々が始まった。



 ケンという子は小学校から帰ると大抵一人。ゲームをしている時はいいんだけど、飼い犬のマルチーズのマルちゃんが「かまって」ってやってくると、ボクを持って戦いを始める。


「こいつは伝説の剣、クマッキーだ!」


 クマッキーって何⁉ ボクの名前? ボクは犬と遊ぶための剣の代わりにされた。犬に投げられた。犬ははしゃぎ、叩かれ、かじられ、投げ飛ばされ、大変な目にあったんだ。何日も何日も。


 ……死にそうな地獄の日々は、ケンが事故で亡くなって終わった。いや、強制終了された。


 お父さんお母さん、そしてお姉さんが泣きながらケンが納められたお棺に花を入れた。黒い服を着た人が、「最後に一緒に入れる物はありませんか?」と聞いた。


「これを。私がプレゼントしてたの。ケンが気に入っていたぬいぐるみを、一緒に入れて下さい」


 そう言って、ボクを棺に入れるとふたを閉め、トントンとみんなで釘を打った。


「たすけて」


 ボクの声は届かない。真っ暗な部屋に入れられるとものすごい音がした。



  ゴオオオオオ—————




 熱い! 隣でケンは安らかな顔をしている。ボクは地獄の業火のような火で意識のあるまま強制的に焼かれた。


「憎い・・憎い・・・憎い・・・・・どうして僕がこんな目に・・・・・!」



 気がつくと真っ白い部屋にいた。隣にはケンもいる。


「ここはやり直しの部屋。不幸な死に方をした人の中に、稀にたどり着く者がいるのよ。あなた達は亡くなったの。でも良かったわね。ここにたどり着いたから、記憶を持ったまま別の世界に生まれることができるの。転生しなくて普通に天国か地獄に行ってもいいけど……どうする?」


 ケンはゲームの世界みたいだ、スパスパ魔物を切りたい、と大喜びで転生する事に決めてしまった。


「スパスパ切りたいのね。分かったわ。じゃあ片方と言うわけにはいかないわねぇ。あなたも転生ね」


 勝手に決められた! ケンと一緒なんて嫌だ!


「つべこべ言わない! 転生先は魔王の支配する世界。あなた達は勇者として世界を守りなさい! もちろんチートは付けておくわ。もう時間がないから! 転生したらすぐにチュートリアルが始まるから覚悟してね」


 言いたいだけ言った言葉を聞き終えると、部屋は光を失い目の前が見えなくなった。



 いつの間にか草原に立っていた。あれ? 目線が高い。 動ける! 近くにあった水たまりで、ボクは自分の顔を見た。


「人間になっている」


 身体中を触った。手がある! 顔が冷たい。歩ける! 転生って人間になることだったんだ! 自由だ! これで自分の好きな人生を選べることができるんだ!


 ボクは感動した。感動の波に飲み込まれていた!


 そういえばケンは?


 さっきいた場所の近くに、クマのぬいぐるみのようなものがある。近づいて見ると、なにかモゴモゴ話しているようだ。


「ケンだよ! 僕はケン。どうなっているの? 歩けない」


よく見るとクマのぬいぐるみではなく、刀身がクマのぬいぐるみ(体か長〜く伸びていた)で出来た剣だった。ボクはそれを拾い上げるとブンッと振ってみた。


「うわー! 止めて〜!」


 剣のケンが叫んだ。


「ステータスオープン」


 ケンが見ていたアニメで言っていた言葉を思い出して叫んでみた。




  名前 クマッキー

  性別 男性

  HP  1140/1200

  MP   4800/4800

  称号 勇者 妖刀使い


  名前 ケン

  性別 不明

  HP  240000

  MP 0

  称号 妖刀 呪われし武器




 気がつくと、周りをゾンビに囲まれていた。僕は剣を振り、ゾンビを斬った。すごい! ちょっと触れただけで真っ二つになるゾンビ達。「グギャャャー」「ゴリュュュー」と叫びを上げ葬られるゾンビの群れ。

 その声に混ざり、ケンも叫びを上げた。


「うわー! 止めてー! 痛い! 気持ち悪い! グチョグチョしてるよ! 生臭いよ! 血が! 肉が! 気持ち悪い! ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ―――――」


 ヤダと言われても止めることは出来ない。次から次へゾンビを倒した。


「やめて! 助けて!」


 ケンは泣き叫んでいたが知るもんか。殺らなけれは殺られる世界。仕方がないんだ。君も向こうの世界でボクに同じことをしていたじゃないか。


 なあ。仕方ないよな。向こうでは君は人間でボクはクマのぬいぐるみだった。こちらではボクが人間、君はクマのぬいぐるみの剣なんだからさ。




 ウフフフフ、仕方ないよね。

 アハハハハ、仕方ないんだ。




 大丈夫。どんなに君が嫌がっても、ボクが君を伝説の剣にしてあげるよ。魔王を倒してね。だからそれまで頑張りなよ。

 壊さないように手入れは頑張るからさ。グチョグチョになっても、ボロボロになってもボクたちは一緒にいようね。ボクが使ってあげるからさ。


 アハハハハハハハハハ…………

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