ふわふわうさぎを抱きしめる。

川門巽

ふわふわ、うさぎ

 ひどい嵐だ。でもふわふわうさぎは濡れていない。

 ソファの上で、ねっころがりながらふわふわうさぎを手に抱くおれ。

 ふわふわうさぎはうさぎであり、ぬいぐるみではない。その証明として、信頼できる語り手さんがおれにはひつようだった。

「これはほんとうにふわふわうさぎです」

 ふわふわうさぎ一級鑑定士がいった。

「おれは前から思ってたよ」

 おれは見る目がある男だ、の顔をした。

 それでも今なお、このふわふわうさぎを信頼できないおれがいる。ありえないぐらいふわふわで、ありえないぐらいうさぎだからだ。こんなうさぎがいてもいいのかと思いつつ、抱きしめる。

「ニンジン、どう?」

 ふわふわうさぎは体をふわふわさせながら宙に飛ぶ。くるくる回って、毛がファサファサとカーペットに落ちる。おれも一緒に宙に浮き、なんだか神になった気分だった。

「ふわふわうさぎじゃないのでは?」

 ふわふわうさぎ一級鑑定士が取り乱した。

「なあ、落ち着きなよ人間」

 神になった気分がそのまま過去についてきていた。

 おれの思い上がりがはなはだしいので、過去を修正する。

「そういう取り乱しは人間である証明だよ」

「ああ、よかったです」

 ふわふわうさぎ一級鑑定士は落ち着きを取り戻した。

 そしたら鑑定士は自惚れて、ふわふわうさぎを撫でようとする。

 やっぱ所詮人間かーとけいべつしつつも、その手を受け入れた。

「これはほんとうにふわふわうさぎです」

 おれが人間に手を差し伸べさせてあげるタイプの神だったことが、ふわふわうさぎはふわふわうさぎであるという証明へと繋がった。


 ふわふわうさぎは膨らんで、また縮む。

 ちぢみふくらみちぢみふくらみ。 

 ちぢみふくらみちぢみふくらみ。

「ちゃんとしてるねぇ」

 おれは褒めた。ふわふわうさぎは日常を送っているのに褒められている、という事実が恥ずかしいのか、しっぽがよっつに増えた。

「いいねぇ。よっつはねぇ」

 めっちゃいいと思う。ここ最近はみっつどまりだったから、おれはめっちゃいいと思う。おれは天井に頭を擦り付けながら、高所恐怖症が、今、めばえた。

「ふわふわうさぎさん。高いし怖いです」

 思いは通じあい、しゅーっとちぢむ。ほっと胸をなでおろすと、おれはカーペットに着地した。またソファに座って、ふわふわうさぎを抱きしめる。

「ねえ、やっぱり」

「やっぱりなんだ」

「ふわふわうさぎなんですねぇー!」

「そう、そう!」

 ふわふわうさぎ一級鑑定士を過去へとリープさせ、次元の入り口を固く閉じた。おれはそのままふわふわうさぎを抱きしめる。


 窓の外でザーザー降る雨音を聞いていると、すてられ犬とすてられ猫のことが頭をよぎる。こうやっておれの手の中で抱かれているふわふわうさぎとはちがって、すてられ犬とすてられ猫は泣いているのだろうか。おれは神になったけど、全部を助けることはできない。こういうないーぶな気持ちはふわふわうさぎと同時に存在しうるのか、という疑問を解決したいため、先輩にアドバイスを求めた。

「先輩、どうですか」

「ないーぶもどこかに飛ぶからふわふわうさぎなんだよ」

「ありがとうございます……」

 おれは先輩に救われて、ふわふわうさぎを抱きしめる。ふわふわうさぎはおれの弱さを察知したのか、手を思いっきり噛んできた。めちゃめちゃ痛くて、おれは人間に戻った。それでも血の色はブルーで、ふわふわうさぎの目はもちろん赤い。

「やっぱカワイイねぇ」

 カワイイ! そんな言葉が口から出てびっくりした。ふわふわうさぎのデティールは、そんな単純なものじゃないはずだ。メモ帳を手に取って、詳細に書き出した。


・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ

・ふわふわ





 ふわふわうさぎとおれの旅が始まった。

 すてられ猫を助けるか、すてられ犬を助けるか。

 迷いながら歩いていたら、雨がやんでいた。ちょっとだけ安心して、自分の傘をコンビニに置いていく。君を両手で抱きしめたいからだ。

 ふわふわしながら歩いて(おれは浮いている)いると、すてられ猫がダンボールの中に入ってニャソニャソ泣いている。ふわふわうさぎはすぐさま膨らみ、そしてちぢむ。

「ニャソッ」

 すてられ猫はすっかり乾いて、毛並みがふわふわになった。この猫をふわふわねことして扱うためには認定書に法務大臣の判が必要になる。それをてにいれる方法がわからないおれは無力さに涙した。

「ニャソニャソ」

「なぐさめてくれるのか」

「渇きが私にある」

 猫は喉が渇いたらしい。

 コンビニに走っていくと、おれの傘が無くなっていた。じゃあこれは等価交換だ。水をいただきます。

「お客様」

「おれは神だ」

「あなたは傲慢な人間よ」

「そんなこと言わないでやってくれ」

 先輩がおれと店員の間に入る。

 先輩はかっこいいし、頼りになる。その隙に水をてにいれたおれは猫のダンボールへと戻る。水のキャップを開け、猫の上からかけた。

「ニャソ~」

「きもちいいか」

「私はね。お前は?」

 おれはどうだろうか。なんだかまたないーぶな気持ちになったけど、先輩の言葉を思い出してふわふわうさぎを抱きしめる。おれは猫を助けた、という確信はちゃんと形になって、ふわふわになった。

「ふわふわ猫になりたいか」

「法務大臣の判が必要だろう」

 おれは未来のふわふわ猫とともに法務省へと飛んでいく。ふわふわをふたつにしたかったおれはアポを取る余裕がなかった。法務大臣がいるのかどうかもわからない。どうだろう。いたらいいのにな。

「わあ、将来のふわふわ猫じゃないか!」

「判をお願いします」

 法務大臣は両手で全体重をのせ、認定書の判を押してくれた。


 ふわふわ猫はおれの頭の上に乗った。ふわふわを頭の上に乗せたことはなかったから、頭皮から伝わるふわふわ猫のふわふわが新鮮だった。ひだり手でふわふわうさぎを胸に抱き、みぎ手でふわふわ猫をおさえる。

 あれ、なんでふわふわ猫は喋るのに、ふわふわうさぎは喋らないのだろう。先輩はコンビニ店員とカップルになったらしく、ラインにらぶらぶな写真が送られてきた。すぐにラインで先輩のアドバイスを求める。

>ふわふわ猫は喋るのに、ふわふわうさぎは無言なんです

>かわいいねえ!

>はい?

>僕の彼女がかわいい!


 まあそういうこともある、という結論に達し、そのまま2ふわとおれで飛んでいく。次はすてられ犬だ。法務省の近くにすてられ犬はいないイメージがあるけど、おれには2ふわがある。深呼吸すると、ふわふわ猫が膨らみ、そのまま宇宙にまで連れていかれた。

「にゃそにゃそ」

「私の真似をするな」

「地球は、青かったんだ」

「ニャソニャソ~」

 宇宙から見下ろす地球は青い。でも、すてられ犬がたくさんいた。どれを助けようか迷っていたら、おれは気づけば自分の家の中にいた。

「どうしたらいいんだろ」

「ニャソニャソ」

「ふーむ」

 じっくりかんがえる。じっくりかんがえる。一番いい方法は、なんなんだろうか。先輩は彼女を手に入れたから、アドバイスを貰えなくなったし、おれはもう、神なんかじゃない。

 おれはふわふわうさぎを抱きしめることしか、

 できない。

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ふわふわうさぎを抱きしめる。 川門巽 @akihiro312

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