6 ラプンツェルの衣裳


「いいな、秋元君は佐野君と同室で」

 休憩時間の教室で羨ましげにそう言ったのは副委員長の井桁だった。井桁が祐太郎に転んで、井桁と同室の三好とも仲良くなった。


「佐野君は中三になって転校して来たんだけど、あっという間に人気者になったな」と言う小太りの三好は、話し好きで世話好きな性格だった。

「そうなんだ」と驚く祐太郎に、井桁と三好は校内の噂話を展開する。


「生徒会長の那須さんは綺麗だけど、ほら、綺麗過ぎて雲の上の人というか手が届かない感じでさ」

「ウチのクラスの担任の龍造寺先生もカッコよくて、熱を上げる奴は多いけど、大人だしな」

「ふんふん」と、二人の話を聞く祐太郎は、佐野が何でお仲間になったと言ったのか分かったような気がした。つまりココは男が男にそういう感情を持っても、偏見の目で見られない、むしろそういう人間が多いところらしいと。


「その点、佐野君はいいよな。あっさりしていて話しやすくて」

「転入生だから一人部屋でさ、高校に上がって誰が佐野君と同室になるか水面下で争ったんだよ」


「柔道部なんか佐野君目当てで入った奴が多いんだって」

「あの上背で押さえ込みをかけられたら──」

「そうだね」と祐太郎は、毎朝、佐野がパジャマを脱ぎ捨てて洗面所に走る後姿を思い浮かべた。


「上背があって、綺麗に筋肉が付いていて、肌もすべすべして綺麗なんだよね。鍛え上げられた感じっていうか…」

 祐太郎は目に星を浮かべて語った。自分もあんな風に背が高くて、かっこよく筋肉の付いた身体になりたいと。


 しかし、側で聞いている二人はそういう風には受け取らず、目を丸くして顔を見合わせたのだった。


 祐太郎は朝食も昼食も夕飯も大抵佐野と一緒に食べる。それまで佐野がどういう風にしていたか知らない祐太郎は別に気にもしていなかった。まさか佐野がそうやって周囲に睨みを利かせているなんて思いもしなかった。


 これは!と二人は思った。誰かと誰かをくっ付けたい、そういう噂がしたいお年頃なのだ。黒い瞳の美少年祐太郎と柔道部の猛者のクセに手足も長くて顔もいい佐野ならば、噂のし甲斐がある。噂はあっという間に広がった。当の本人を避けて。



 * * *


 祐太郎が金曜日に生徒会室に行くと、皆が集まって一人の生徒を取り囲んでワイワイとやっていた。真ん中にいる男は会計の山岸という大人しそうな男で、手にスケッチブックを持っている。


「ちょうどよかった」と顔を上げた那須が祐太郎を手招いた。祐太郎が覗くと開いたスケッチブックに白っぽい着物に太くて赤い帯を締め、短い袴をはいた髪の長い少女とも少年とも取れる絵が描かれていた。


「君の衣装のデザインだよ。今ならまだ修正がきくけど、どう?」

 祐太郎は唾を飲み込んだ。すごく目立つし派手だった。皆の前でこの格好をするんだろうか……。父が見たら何と言うか。大体この衣装は幾らくらいするのか、勿体無い──。


 しかし、那須が見ている。断れなかった。

「あ、いいです。スゴイ……」

 高価そうという後の言葉は口の中に消えた。那須が嬉しそうに笑ったから。


 後から来た祐太郎の為に、山岸が他の衣装のデザイン画も見せてくれる。鳴海の衣装は、薄い生地を幾重にも重ねた感じで淡い水色の衣装だった。

 小花があちこちにあしらってあって「小花はピンクとか白とか色を変えて、同じ生地で作って付けたらどうだろう」と鳴海に聞いた。


 鳴海は心持ち俯けた顔のままぴくりとふるえ、黙ってコクリと頷いた。そのまま俯いていて元気がない。どうしたんだろうと祐太郎は首を傾げた。


 小平の衣装はピンクで裾が広がっている。胸の辺りに白い羽をあしらったデザインで長い手袋をはめ、頭にティアラ、とどめが後ろで結んだ大きなリボンだった。自分とどっちが派手だろう。祐太郎は嬉しそうにティアラの注文を出している小平の衣装を見ながら思った。


「今日はこれで」とその日はあっさり散会し、生徒会室を出て行こうとした祐太郎を生徒会長の那須が引きとめた。

「秋元君にちょっと話があるんだが」

 鳴海が泣きそうな顔で小平と一緒に出て行く。小宮が不安そうな顔で、画を持った山岸と一緒に出て行くのを引き止めて、那須はデザイン画を受け取った。

 議長の奥平と副議長の若尾はニヤニヤ笑って、眼鏡の関と上尾は表情を晦ませて出て行った。



 皆が出て行くと那須はデザイン画を広げた。

「これで本当にいいかい? 皆の前では断れないかと思ってね」

 赤と白の派手な衣装である。帯は着物の生地を使うとすれば幾らくらいするんだろう。高いんだろうな。勿体無いな。祐太郎はデザイン画をみながらグルグルと考えた。


 那須はそんな祐太郎の様子を見ていたが、ふと聞いた。

「君は佐野君と付き合っているのかい」

「はっ?」

 祐太郎は那須の言葉の意味が飲み込めなくて聞き返した。


「いや、そういう噂が立っているようだから」

「ええと、佐野君は同室で友人ですけど…」


 この学校は男同士で憧れたり好きになったりする人間が多くて、自分も那須に憧れている。では、両思いになったら一歩進めてお付き合いをする人達もいる訳なのか。祐太郎はそこまで考えて慌てた。那須がどうやら誤解しているらしいと気が付いた。


「僕は那須さんが好きです」

 はっきりきっぱり告白した。その邪気のない顔を見て那須は綺麗な顔を綻ばせた。

「俺も秋元が好きだよ」



 祐太郎は寮部屋に戻って、佐野が帰って来ると早速報告した。

「那須さんに告白しました」

「え」

「好きだと言ってもらいました」

 祐太郎は舞い上がって浮かれている。佐野はしまったと悔やみながら聞いた。


「それで?」

「それでって何ですか?」

 黒い瞳がキョトンと佐野を見返した。

「押し倒したのか? それとも…」

「まさか。告白したばっかりなのにそんなことしませんよ。これからお付き合いして、色んな事をお話して、それから──」

「あーー、さいですか。ハイハイ」

 佐野は脱力した。同時に那須が少し気の毒になった。このラプンツェルが王子様に髪を垂らす日が来るのだろうか。

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