③ これがきっと運命

 

 動いて喋るようになったクマたんと暮らし始めて二週間が過ぎた。


 初めてクマたんを手にしたときからずっと、ずっと願っていたことが叶うなんて奇跡だ。人とどうやって関わったらいいのか分からなくて恋人も友達もいたことがない俺の、たったひとりの大切な『しんゆう』がクマのぬいぐるみなんだって、誰にも言えないし勿論そんなわけで言うような相手もいない。

 ある日突然、ぬいぐるみが動いて喋る。

 普通に考えれば、おそらく俺は幻覚を見ていて幻聴が聞こえる脳の病気なんだろう。


 それでも構わない。

 俺には、クマたんしかいないから。


 などと思っていたが、病院に行く機会があったのでついでに検査したが身体の方に病気は何も見つからなかった。

 では、心の病気か。

 きっと、そうなんだろうな。


「ただいま、クマたん。今日も一日じゅう鞄の中でお疲れさま」

『そう思うなら、ボクを家に置いて行ってよ。留守番くらいは出来るから』


 少し潰れたクマたんの身体を整えるついでに顔を埋めて匂いを吸い込む。

 気のせいなのだろうが、最近なんだか前とは違う知らない匂いがする。前は悲しみを閉じ込めた匂いだったが、今は心が温かくなる柔らかな匂いだ。

 凄く落ち着く。

 それでいて、胸が苦しくなるのは心の病気だからに違いない。


「ダメだよ。離れてる間にクマたんに何かあったら?」

『だからって会社のトイレに鞄を持ち込んで何度も確認しなくてもいいと思うってか鞄の中で何があるってのなんにもないから』

「トイレのついでだから大丈夫だよ」

『バカなの何なのついでのトイレだからに決まってるよね?!』


 動いて喋るクマたんと暮らして知ったのは、クマたんは真面目なくせにどこか間が抜けてて口も悪くだらしないところがあって優しくて恥ずかしがり屋で誰がなんと言っても誰も何も言わなくても可愛い。

 ずっと男の子だと勝手に思っていたが、もしかしたら女の子かもしれないと思ったのは、俺がクマたんの目の前で着替え始めたり一緒にトイレやお風呂に入ったりすると挙動不審になるからだ。

 いや、ぬいぐるみに性別なんてものはナイような気もするが、ボクって言うのに女の子に思えてきてしまうのは何故なのか。

 そんなことを考えたりするからか、クマたんの前で何をしても恥ずかしくなかった俺も、過去を振り返ってみるとまあなんだ色々とあって多分その所為でクマたんの挙動不審に繋がるんじゃないかとか、なんとなく今更だけど気まずく思ったりする。

 

 しかし、こんなに幸せで良いのだろうか。

 クマたんは、この先もずっと動いて喋っていてくれるのだろうか。

 お腹を上にして寝ている姿は癒されるが、動くこともなく声が聞こえないことには不安も増す。

 冷静になって考えれば、長い間ずっと一緒にいて、それまで動くことも喋ることもなかったクマたんが今のようになったのには何かのきっかけがあったのではないか。

 まあ、単に俺の心の病気が進行しただけなのかもしれないが、そうではないのだとしたら?

 こんなことを考えるのも……。


「ねえ、クマたん。どうして突然、動けるようになったんだろうね?」

『あ、う、うーん。ず、ずっと動けたけど内緒に? し、してた? うん、それだ』

「へー? ふうん?」

『し、信じてないな。妖精も信じていないと消えちゃうんだからね』


 どうやらクマたんには俺には言えないことがあるらしい。まあるい尻尾をピクピクさせ、分かりやすく動揺するクマたんに気づかない振りをする。

 

 俺にだって思い当たることが、ないわけではない。

 だけど……もし、そうだとしたら。


「お願い……消えないで。ずっと傍にいて」

『あ、っと。だ、大丈夫ですよ? ボクは喬ちゃんの『しんゆう』だからね。そんな簡単には消えたりしないと思うし……多分、だけど、うん』


 お願い、嫌いにならないで。


 どんな結末になるのかは分からないが、少しでも長く一緒に居たいんだ。

 口には出せない狡い本当の願いと共に、俺はクマたんを腕の中にぎゅっと閉じ込めた。




《ひとまず、ココで おしまい》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふたりはしんゆう のち こいびと? 石濱ウミ @ashika21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説