第二話〜スカーディア〜

「影の…中…?」


「そうだ。上空に映し出されているのは地上に生きるものたちの様子だな。我々はそれを影の中から除いているにすぎない」


スカーディアはなんてことはない当たり前のことのように告げるが、少年には到底理解できるような話ではなかった。アルベリアではない国どころか、そもそも地上にすら無い国だなんて誰も考えないし知っているはずがない。自分はまだ夢を見ているといわれた方がまだ納得ができた。

少年は軽く自分の頬を抓ってみる。ちゃんとピリピリとした痛みがやってきた。この光景は夢ではないし、自分が死んだわけでもない事実だけが残った。


「さて、次は我が質問する番だ」


思考の整理が纏まらない少年に対して、スカーディアは自分の決めたルール通り次の質問へと移行しようとする。こちらの様子を気にせずに新しい問いを投げかけるスカーディアを見ながら、この質疑応答は長くなりそうだと少年は直感した。



お互い相手に問いたいことを問い合って、少年の体感で1時間ほど経った。

時間を大いに使用し、少年にわかったことは3つ。


1つ目。

この影の国には生きているものは存在しない。ここに集まるのは上、つまりは地上で死んでいった者たちの意思。嫉妬、愛憎、怒りといった生物の様々な生前の悪感情とも言える情念が成仏できず、冥界へとたどり着けずに落ちてくる場所だそうだ。それをバンシーという。つまり言い換えるのならここは、死者が冥界へ下るまでの三途の川のような国である。存在できるのは肉体のないバンシーという理性なき魂のみ。


2つ目

スカーディアについて。スカーディア本人は影の国『スカディラビィア』の女王を名乗っているが、本来の役割はこの国の管理者である。スカディラビィアには日々地上で死んでいった者達の情念が地上から生れ落ちてくる。放置していては本来冥府へと行かなければならない魂が永遠に影の国に居座り続け、世界の輪廻が崩れてしまう。そうならないために管理をしているのが自分の役割であるとスカーディアは説明した。

影の国はバンシーが漂う世界。では理性なき魂のみが存在する世界にいるスカーディアは一体なんなのかと少年は思った。その疑問にスカーディアはこう答えた。


「我も当然人ではない。しかしそこらに漂うアレら共ともまた違う。我がなんであるかを話すには、少し歴史話をする必要がある。人類が誕生したばかりの大昔の話だ」


かつてマグメリアに知的生命体である人類と呼ぶべき生命が誕生した時の話。

知性を持ち合わせた人類は田を耕し、緑を育て、大地を発展させた。

そうして世界を進歩させてきた人類は、世界だけでなく生命そのものすら進化させたのだ。

進化した人類には豊かな感情が芽生え、自身に個を自覚させた。

それは決して悪いことではなかったが、世界に大きな影響を及ぼした。

個を持った人類は、自分たちを区別するために一人一人に記号を与えた。

それが『名前』である。

地上では名は体を表すなんて言葉があるようだが、古代のところではまさに逆である。体によって名は付けられていた。人を区別するようになった人類は、隣人を作り、家族を作り、敵を作った。人類に多くの感情が誕生したのだ。

そうやって進化をし続けたある周期に、世界に滅びがやってきた。

そう、個を自覚した人類には強すぎる情念が宿ったのだ。情念は冥界まで辿りつくことはなく、スカディラビィアに堕ちては留まり、管理者のいないスカディラビィアにバンシー達が溢れたのだった。

そして限界が訪れ、スカディラビィアと地上を繋ぐ門が壊れたのであった。

門を失ったスカディラビィアのバンシーはマグメリアに溢れ出した。肉体のないバンシーにとって、命ある生命体は格好の餌であったのだ。地上の人々はバンシーに侵され、マグメリアは滅びの危機に瀕したのであった。

そんな世界の危機の中で、人類に一つの共通の願いが生まれた。それはとても単純で、だけど誰も抱いた願いだった。


『世界を救ってほしい』


実に身勝手な願いだ。そもそも世界の滅びは人類が招いたものだった。自分たちで破滅を呼びながら、今度は救ってほしいなど、片腹痛いにも程がある。

しかし、それが人類全ての願いになると話が変わる。人類の願いは、世界に影響を与えたのだ。その願いは形となって地上を犯すバンシーを祓い去った。バンシーはより強い情念によって祓われたのだ。そして人類は、生み出した願いを使ってスカディラビィアとマグメリアを繋ぐ門を修復し、そして管理する役割を与えたのだった。


「ここまで言えばわかるか?私は人類が『世界を救ってほしい』という願いによって生まれた存在だ。故に我にはそもそも死も生も存在しない。あるのはスカディラビィアを管理するという役割のみである」


大層な昔話。そして目の前の人ならざるものの正体を聞いて、少年の心中に宿る感情はただ一つ。


「・・・まるで御伽話だな」


「だが事実だ。全く愚かな話ではあるが、バカにできたものでもない。何より自分たちの滅びの理由を省みず、世界を救った我をスカディラビィアの管理者を押し付ける図太さはある意味見上げたものだ」


呆れを孕んだ心情を露わにするスカーディア。そんな彼女を見て、少年は思う。

彼女の話が本当であるならば、スカーディアは世界にとって救世主だった筈だ。それなのに誰かから感謝されることもなく、あろうことかスカディラビィアにて世界の調律を保ち続ける役割を与えられている。悪く言えば、縛られているとも言える。こんな仕打ちを受けて、彼女は人類を恨んではいないのだろうか。

少年から見た感じ、呆れてはいるが、ただそれだけといったように見える。彼女の心中を自身では推し量ることはできなかった。


「さて、ここまで話せばお前にも自身の特異性が少しは理解できるか?」


スカーディアのことを考えていた少年の意識が思考の海から浮上する。

咄嗟のことでどういう意味か考えるまで時間がかかった少年だったが、冷静に話を振り返れば何が言いたいのか思い当たった。


「俺がスカディラビィアになぜいるのかってことか」


「そうだ」


影の国に存在できるのは死んでバンシーとなったもののみ。例外は死も生もない管理者であるスカーディアだけの筈であった。しかし、ここにはスカーディアとは違う、正真正銘肉体を宿す人間がいる。


「俺は、生きてるんだよな?」


「ああ、生きている。心臓は鼓動を止めてはいないし、脳も正常だ。仮に死んでいるとしてもおかしな話だ。そうであるならば肉体はないし、自我もない」


ここでようやくスカーディアの最初の質問の意図を理解することができた。肉体を宿し、生きているただの人間が死者の世界であるスカディラビィアにいるという特異性。それはスカーディアがこのスカディラビィアを管理して以降、一度も遭遇したことのない現象であった。何より、管理者であるスカーディアが把握できないということがそもそも大きな歪みなのである。

二人目の例外。それも理由がわからない少年の存在はある意味でスカーディアよりも特別であると言えた。


そして先ほどスカーディアが述べた事こそわかったことの3つ目にあたり、少年にとっては一番直接関係のある事。

少年は死んでいない。スカーディアの話では、少年を見つけた時、体は傷だらけで、死に体そのものではあったらしいが、心臓は停止しておらず、脳も正常に機能しているとのこと。ちなみに傷はスカーディアが治しておいたとのことだった。

曰く、目が覚めた時にすぐ修行を始められる様にだそうだ。


「そう言えばその弟子ってのは何なんだよ。俺をこの影の国の管理者に仕立て上げようってのか?」


出会って一番初めに言われた事なのに、色々内容が濃すぎて後回しにしてしまっていた。ここまでの話を総合するに、スカーディアは自分の代わりがはは欲しいのだろうかと考えたが、スカーディアはそれを即座に否定する。


「たわけ。我が人類と同じくそのような愚かなことを考えるか。もっと楽しいことに心血を注いだ方が有意義であろう?」


スカーディアの楽しいこととは何のか。彼女の中には既に構想があるようで、想像しているのが顔から漏れている。ずっと見せていた冷たい影の国の管理者の顔は消え、一人の無邪気に笑う人がいるように少年には見えた。そのギャップに、少年は不覚にも見惚れてしまった。


「っ…なんだよ。その楽しいことって」


「うむ。ずっとバンシーを相手にしていたが手応えがまるでなくて暇していてな。もっと歯ごたえのある相手が欲しかったのだ」


「つまりそれは」


「お前を一流の勇士に育ててやる。頼むからくたばってくれるなよ?」






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