第33話  懸念は絶えずとも転ばない

 教会を後にした私たちは中央広場を抜けてロスレーの街東部へ。

 坂を上り昨夜お邪魔した酒場を抜け、宿屋を通り過ぎて更にその奥へと。

 街の端に進むにつれて家屋は減っていき、視線の先にそり立つ壁のような岩肌の……山々がその存在感を露わにしていきます。

 道に敷かれたレール、その上に乗るトロッコを見たのは生まれて初めてでした。


 横長で二階建ての木造集合家屋は鉱夫さんたちの宿舎。

 入り口まで近づくと昨日見知った何人かの鉱夫さんが顔を煤だらけにしながら縦横無尽に動き回っていました。

 入り口脇の階段を上ると出迎えたのは一つの扉。ノックをするとすぐに声が返ってきたので、扉を開き中へ入りました。


「失礼します」

「どうもぉ……」

「お、その声は聖女ちゃんたちだね! すまないけど。今少しだけ忙しいからそこに座っててくれないかい?」


 四面の壁を覆うように打ち込められた木製の棚に大小様々な球体が置かれた部屋。

 鉱夫さんたちから姐さんと呼ばれている赤髪の女性、ユインシアさんは私たちに背を向けて床に座り込み何やら作業に没頭していました。

 上半身は胸に巻いた灰色のサラシだけで、その背には汗が浮かんでいます。

 部屋の中心には向かい合った長椅があり、未だに二日酔いでふらついているマウさんを先に座らせてからその隣に私も座ります。

 


 少しだけ無言の時間が流れ、ユインシアさんが息を吐く音が聞こえました。

 ゆっくりと彼女は立ち上がり私たちに振り返ります。


「悪いね。こっちの頼みで来てもらったのに待たせちまって」

「いえ、お気になさらず。外にいた皆さんもお忙しいようでしたので」

「アタシたちはクソ親父……いや、西側と比べると出来て日が浅いからねぇ。今は信頼を勝ち取る為に必死でね」


 頭に巻いたハチマキを外して顔を拭きながらユインシアさんは私たちの対面に座りました。

 さて、本題に入る前に新しい疑問がまた一つ。

 

「あの、信頼とは? このロスレーという街は、その……」

「ん? ああ、この街の長はクソ親父。それは間違いないよ。だけどこの山を管理しているのはドラギルト帝国そのものだからね。時折偉そうな役人が来て税を徴収してんのさ」


 チラッと隣にいるマウさんを見ましたが、二日酔いのせいで唸っていました。


「アタシについてきてくれた可愛い弟分たちに良いもん食わしてやりたいからね。今は多少無理しても頑張らなきゃいけないんだよ」

「それはとても、ご立派な心掛けです」

「……ハハ、ありがとね」


 何故か目を丸くして驚いたユインシアさんはその後に乾いた笑みを浮かべました。

 あまり踏み込まない方が良いと思うので本題に入りましょう。


「昨晩の、教会の件ですけど」

「何かわかったのかい!?」


 彼女は食い気味に声を荒げました。

 街の人々が何十人も行方不明になっていて、鉱夫さんの恋人が教会に消えたという件についてです。


「単刀直入に申しますと、あれは教会ではありません」

「……どういう事だい?」


 少し、考えます。


「少なくても私の国、ルーチェではあの教会を教会と定義しないという事です。あの教会……少し面倒なので申し訳ありませんがと呼びますが、偽教会には信仰する神がいないのです」

「神が、いない?」


 難しい話でした。

 そもそもドラギルト帝国が神を信仰するのではなく、皇帝を崇拝している国なので前提が違います。


「……目的は定かではありませんが、教会という隠れ蓑を使ってあの司祭を名乗る男が好き勝手出来る場所……という事です」

「なっ!? やっぱりかい! だったらすぐにでも!」

「落ちついてくださいユインシアさん。申し訳ありませんが、行方不明の証拠は掴めておりません」


 立ち上がろうとした彼女を制止させました。

 ユインシアさんは弱く非力ですが行動力はある方だと思いますので、下手に刺激しては危険な事を考えてしまうかもしれません。


「それに、私兵というのも確認しました。偽教会に入ってからずっと影に隠れ、私たちを監視しており……その、マウさんの体調も優れないのでとりあえずの報告です」

「そう、かい……」


 言葉を濁し、嘘を混ぜました。

 私兵。その言葉は間違ってないでしょう。

 ですがあの偽司祭の周囲にいたのは悪霊の類。

 普通の人間にどうこう出来るものではないのです。


 私1人ならきっとあの場で偽司祭不届き者に教えを行使していたでしょう。

 けどここはマウさんの国でありユインシアさんの街ですので、なるべく穏便に。

 もちろんそれもモルテラ様が最優先ですけど。

 偽教会で聞こえたモルテラ様のお声も気になりますが、まずは私1人で行動出来るようにした方が良いでしょう。

 

「ですので、この後は私が」

「姐さん大変だ!!」


 ドタドタドタ! バンッ!

 階段を駆け上がる音がしてすぐに扉が勢いよく開かれました。


「なんだいアンドレ! 何があった! 事故か!?」

「そうじゃないけど! ヤバイんだよ! 俺たちの仕事場に親父達が殴りこんできたんだ!」

「……はぁっ!?」


 1人の若い鉱夫の方、酒場にもいたアンドレさんが大慌てでそれを説明します。

 これは……使えますね。

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