第31話  攫い攫い(さらいさらい)

「あ、あのぅ……わ、わたしとその……い、一緒にぃ! ご、ご飯でもぉ……」

「うわっ! 何だお前その格好!? 変態かよ……」

「あ、あぁ……せめてお話、お話だけでもぉ……!」


 凄くムキムキな男の人が逃げるように去っていきました。

 地面に倒れこんで手を伸ばす彼女はルドヴィ。サキュバスです。


「う、うわああああああああああんっ! しーしょぉぉおっ!!」


 大声で泣きながら抱きついてきました。

 背丈も身体も大人な女性が子供のように。

 ワタシとの身長差からその大きな胸が顔にこれでもかと押し当てられています。

 しかも今はローブを脱ぎ、あの凄い露出の黒革拘束衣ボンデージ姿。

 彼女は人間に化けれるみたいで、頭に生えてる二本の太くて黒い角や背中の大きな蝙蝠の翼、先端がハートの黒い尻尾が無くなっていました。

 ピンクの髪、ピンクの瞳、エッチな服の痴女です。

 柔らかく、温かく、苦しい。抱きつかれてそんな感情が入り混じる死神のワタシ、モルテラ・デスサイスでした。


「や、やっぱり駄目っすよぉ……! お、男の人の前だとわたしぃ……」


 ド純情。

 彼女を表現するならこれが一番でしょう、初心ウブとも言えます。

 サキュバスなのに、男性相手だとロクに話せないし目も合わせられないそうです。

 これで外に出てから17人目の玉砕になります。

 ド純情サキュバスです。

 この涙目を見せればどの男性もイチコロだと思うんですけどね。

 いえ、男性経験というかシャリーネぐらいしか人間と接した事が無いので知りませんけど。死神は女性しかいませんでしたし。


「や、やっぱりこんな駄目なわたしだから魔界を追放されたんすよぉ。そうっす、餌も自分で捕れないサキュバスわたしなんて、価値が無いっす……!」


 泣いてしまいました。どうしましょう。そんな事知りたくなかったんですけど。

 何でそんな新情報を出すんですか。

 追放、なんて、そんな。


「顔を上げなさい!」

「……し、師匠?」

「悔しくないんですか!」

「く、悔しいっすよ! で、でもぉ……」

「でもじゃありません! ここで泣いてたって誰も振り向きませんよ! そんなのはどこかのお人よしだけです!」

「う、うあうぅ……」

「立ち上がり、何度も挑戦するんです! 馬鹿にした奴等を見返す為に! アナタの物語成り上がりはここから始まるんですよ!!」

「……し、師匠っ! わ、わたしが間違ってたっす! クソビッチ師匠の教えで、何度も何度もやってみるっす! 男なんざ、星の数だけいるっすから!!」

「その呼び方だけ今すぐ辞めなさい!」


 何度も頭を下げて、ルドヴィはまたエッチな格好で次の男へと走っていきました。

 いやぁ、良い事をすると気分が良いですね。

 まさか彼女も追放された身だとは……ついつい親身になってしまいました。

 やっぱり悪い子じゃあ無さそうです。



「……あれ?」


 これ、ひょっとして、逃げるチャンスじゃないですか?


「うーん……」


 周りを見渡します。

 等間隔に家屋に取り付けられた灯りが光る街。

 入り組んだ道なりに沿う光は、奥にある全景が見えないぐらい大きな山へと伸びています。

 今ここで逃げ出したとして、何処へ逃げれば良いんでしょうか。

 土の臭いと焦げ臭さと、あと変に歪んだよくわからない中途半端な……言葉にしにくい何かがあるこの変な街の何処に。

 

 それに、せめて……彼女に自信がつくまでもう少しだけ見守るのっていうのも悪くないのかもしれません。

 シャリーネならすぐにワタシを追いかけて見つけてくれると思いますし。


「んー?」


 グルグルと暗闇に照らされる街中を見渡していて、目立つ建物がありました。

 他の建物は暗い色なのに、そこだけは明るく白い壁。

 高さもあり、その周囲が淡い灯りによって照らされています。

 その光も、周囲の橙色とは違い何と言いますか、妖しい?

 そう、まるでまた失敗してワタシに駆け寄ってくるルドヴィのように――。


『見たな?』


「え?」

「し、師匠っ!?」


 ――衝撃。

 揺れて、土の匂いが、痛い、あれ?


「な、なんすかあんたたちはぁっ! 師匠を離せっす!!」


 ルドヴィの、声が、聞こ、え――。

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