第29話  教会の噂

「アンタやるねぇ! 参った参った!」

「あう、あう、あう」


 バシ、バシ、バシ。

 酒場の中。

 隣のカウンター席に座る赤髪の女性が私の背中を何度も叩きます。


「まさかルーチェの聖女様だとはね!」

「あうあう」


 叩くのやめてくれません?


「アタシはユインシア。ユインシア・ロスレー、しがない火薬屋さ」

「シャリーネです。シャリーネ・ルーチェ」


 聖女の奇跡を見せたので、隠すのはもう無理だなと思ったので名乗りました。

 まあ彼女、ユインシアさんなら大丈夫でしょう。

 さて、気になる事が多すぎますね。


「あの、ロスレーってこの街の」

「ああ、ここはアタシのご先祖さまが山を切り開いて作った街だからね」

「なるほど。つまり長なのですか?」

「いいや、それはアタシの……クソ親父だね」


 どう見ても訳ありでしょう。

 無理に聞くよりは、話題を変えた方が良さそうです。


「シスターを目の敵にしていた理由をお聞きしても?」

「ああ、その件は本当に悪かったね。アンタはこの街の教会をどう思う?」


 その問いは、昼に感じた違和感の一つでもありました。


「歪、でした」

「ほう」

「ええ、聖女である私の勘のようなものですけど」

「そうだね、あの教会は……きな臭いんだよ」


 ユインシアさんの声が少し小さくなります。


「帝国が教会を疎んでいるのは知ってるかい?」

「ええ、マウさんから聞きました」

「それはこの街も同じさ、いや、同じだった」

「変わってしまった、と?」

「ああ、ある日突然ね。街の西側……クソ親父たち大人を巻き込んでね」


 仮にこの街の住人が救いを求めていて、それに合う神と教えがあったのならそういう事もありえるでしょう。

 ですが、そうではなさそうです。


「あの教会が出来てからだよ。街の人間が行方不明になる事件が起きたんだ。1人や2人じゃない、何十人もだ」


 おかしいと思わない方が不自然でしょう。

 ですが、それだけだと。


「アンタの言いたい事はわかるよ。決め付けるには材料が足りない、だろう? だけどね、私の弟分の恋人コレが教会の中に消えていくのが目撃されてるのさ」

「……その方は?」

「次の日から行方不明扱い。教会に乗り込んでも知らぬ存ぜぬで門前払い。騒ぎを起こそうものなら私兵が出てきて武器を突きつけられた」

「私兵? 教会が、ですか?」

「ああ。街の連中じゃない、見たこと無い奴等だった。しかも、普段はずっと教会の中にいるみたいで外にいる所を私たちは一度も見ていない。不気味だろう?」


 話を聞いても謎は増え、なんとも根深そうな問題です。


「その教会には1人の神父と私兵しかいなくてね。アンタを呼んでまた何かしようと企んでいるんじゃないかって思ったんだ。早計だったよ。すまなかったね」

「いえ、ユインシアさん心配になるぐらいとっても弱かったので。気にしてません」

「はは、こりゃ一本取られたね!」

「あう、あう」


 だからその背中を叩くのどうにかなりませんか?

 けど、神父様が1人だけとは。

 あの規模の教会でそれは、間違いなくおかしいです。


「そこで、アンタの強さを見込んで頼みがあるんだ!」


 彼女の言わんとしている事はなんとなく察しがつきました。


「都合が良いのはわかってる! だけど、お願いだ! 外から来たシスターのアンタならアタシたちより警戒される事はないだろう? 頼む! 教会の謎を暴いて、弟分の恋人を、街の人間を探してほしいんだ!」


 椅子から降りて、ユインシアさんは床に頭をこすり付けます。

 そこまでされなくても、答えは決まっていました。


「わかりました」

「い、良いのかい!?」

「私もあの教会は気になっていましたし、それに1人の神父が立場を利用して私腹を肥やしているのだとしたら、神に代わって……代わって」


 モルテラ様……大丈夫でしょうか。


「どうかしたのかい?」

「あの、この街でモルテラ様……私より少し背が低い女の子を見ませんでしたか? 白い肌と髪、紅い瞳の左側を長い前髪で隠した、とても神秘的で可愛らしい女の子なのですけど……」

「……ふむ。いいや、見てないね。白い髪の女の子なんてこの街には元からいないから見たら絶対に覚えている筈さ」

「そうですか……」


 謎の教会、行方不明になる街の人たち、モルテラ様。

 駄目です、駄目な想像しか出来ません。

 それを確かめる為にも明日……教会にカチコミ、いえ、お話を聞かなければ。


「ならわかった! その子を探すの、アタシたちも手伝うよ!」

「良いのですか!?」

「もちろんさね。これぐらいしないと罰が当たっちまうよ」

「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!!」

「……大切な子なのかい?」

「……私の、希望です」


 モルテラ様の身に何かあったら、私は……。


「えへへへへぇ……シャリーネちゃんそこは駄目だよぅ……」


「……あっちは?」

「……お友達です」


 丸テーブル、その下で。

 酔い潰れ床で寝る10人の鉱夫さんたち。

 その上で気持ち良さそうに、マウさんが酒瓶を抱いて眠っていました。

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