幕間2  とある聖女と死神の話

 静謐に包まれた大聖堂。ステンドガラスのその真下。

 熱狂的な信者なら誰しもが訪れたいその場所に用意されたのは、この場に不釣合い過ぎるティーセットと、それを挟む2人の男女。


「美味しい? ねえ、美味しい?」

「不味い。そもそも人間の食べ物を、死神は食わん」


 大司祭ゴルザード・ルーチェ、そして死神長アルテ。

 知る者が見れば卒倒絶頂する組み合わせの2人は、楽しくお茶会をしています。


「酷いよね、アルちゃんも」


 ゴルザードは焼き菓子を口に頬張りながら。


「あんな低級死神じゃ、僕を殺せないって知ってるくせに」


 アルテに笑いかけました。


「まるで失敗する事が目的だったみたいだけど、違う?」

「……後悔するぞ」


 死神の鋭い視線。

 それはこれ以上詮索するなと語っていました。


「そう言われると聞きたくなるんだけど」

「それよりも、だ。オマエが追放した聖女は大丈夫なのか?」

「え、何が? ホームシックならいつでも帰ってきても歓迎するけど」

「……死神の加護だよ」


 手を顎に乗せて、アルテはゴルザードを睨みます。


「腐っても、低級でも、モルテラは死神だ」

「モルテラちゃんって言うんだ、あの大鎌の子」

「……人の身で急ごしらえの契約を、加護を受ければどうなるか、わかるだろう?」

「僕とアルちゃんのように? それなら大丈夫だと思うけど」


 アルテの目つきが更に鋭くなりました。

 普通の人間なら、この瞳に見られただけで死に絶える中でゴルザードは平然としています。



「だってシャリーネちゃん、加護を受け付けない体質だし」



 その言葉にアルテは驚きで大きく目を見開きました。


「……なに?」

「ていうか、神の啓示も聞けないんだよね。凄く真面目で良い子なんだけど」

「いや、待て……アイツは聖女の筈だろう? それが」

「うん、だから僕はシャリーネちゃんを引き取った。神を否定するあの子を」

「そうは見えなかったが、報告とも違う……」

「そりゃあ、僕と僕の娘たちが沢山の愛情を注いで育てたからねぇ」


 自慢の娘だと、ゴルザードは胸を張ります。


「だが、ネフィルの騒乱はどう説明する?」

「ネフィル? え、ネフィルってあの昔近くにあった村? シャリーネちゃんそっち言っちゃったの!?」

「……何も聞いていないのだな、オマエ」

「追放した手前、戻ってくるまでは過度に干渉する気は無いからね。アルちゃんと違って。それでネフィルで何をしたのシャリーネちゃんは?」


 興味津々でゴルザードは身を乗り出します。

 アルテはもう一度舌打ちをしてから、先日起きた出来事を報告しました。



 ◆



「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」


 大司祭大爆笑。


「笑い事ではない、加護無しであんな芸当できる人間がどこにいる!?」

「凄い! シャリーネちゃん凄い! 流石僕の娘!!」


 その瞳から涙を流す中年男性。


「昔から思い込みの激しい子でね、思い込んだら一直線。褒めれば何でもできる子だったんだ。何でもできたから、神を必要としなかった。けど聖女の真似事はできた」

「……」

「凄くない? 神から授かった奇跡を、神を受け付けないのに使えちゃうなんて」


 一口、紅茶を口にして。


「だから僕はモルテラちゃんの方が気になるんだ」


 大司祭は視線を死神へ。


「シャリーネちゃんを変えた。いや死神の身でありながら、神を信じない少女に接触できた、君が意図的に追放した子が、ね?」

「……聞いたら、後悔するぞ」

「それはもう聞いたよ」


 死神は一度目を閉じてから。

 

「……あの子は、優しすぎた」

「へぇ」

「死神の身でありながら、人の死を拒んで逃げてきた」


 苦々しい顔で、言葉を紡ぎます。


「あの子に、死神は、天界は似合わない」

「だからアルちゃんは、モルテラちゃんに無理難題を突きつけて追放したと」

「……幻滅、したでしょう?」

「いいや、もっと好きになったよ」


 弱弱しい口調に変わったアルテに、ゴルザードは笑顔を向けました。


「でも嬉しいなぁ。アルちゃんの他にも優しい死神がいるだなんて!」

「……それは、そうでしょうね」


 ゴルザードはニコニコ笑顔で紅茶を口に運びます。



「――アナタとの、娘なのだから」

「ぶふおおおっ!?」



 盛大に、噴出しました。



「だから、言ったでしょう?」


 死神は立ち上がり、咽る大司祭の前へ。


「後悔するぞ、って」


 初めてこの場で優位に立ったアルテは、鼻で笑います。


「良かったじゃないですか、大司祭様。いえ、お父さん?」

「……うそぉ」


 大司祭、ゴルザード・ルーチェはアルテの下で頭を抱えました。

 礼拝堂で、目の前にいる愛しい神のお膝元で、まるで許しを請うように。

 

 大聖国ルーチェ、またの名を死神の国ルーチェ。

 死神崇拝のこの国は、彼女たち死神と共に繁栄してきたのでした。

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