第16話  聖女と死神

 朝の静けさ。

 昨夜の怨嗟が嘘のように、村だった場所は静寂に包まれていました。


「これで、全員分」


 散らばった白骨が山のように。

 対峙したので当然といえば当然ですけど、とても多いです。


「……律儀ですね」


 瓦礫に腰掛けていたモルテラ様が立ち上がり私の横へと。

 日に照らされた白髪が今日もとても綺麗です。


「これぐらいしか、私にはできませんから」

「顔、酷いですよ」

「寝てませんからね」

「……そうではなくてですね」


 溜め息を吐いたモルテラ様。

 何故か神器、大鎌の姿に変わってしまいました。

 赫灼の光は消えましたが、白銀のデスサイスが宙に浮き輝いています。


『自分の顔を見てみなさい』


 神のお告げが下りましたので喜んで。

 

「……これは」


 そこに映る、見知った私自身の顔。

 金色の髪、銀色のつり目。

 そして。

 右目を覆うように頬まで伸びた、火傷のように浅黒い痕。

 その不自然極まりない印が呪いの類だと、一目で理解できました。


「あの時、でしょうね」

「反応薄くないですか?」


 モルテラ様は人型にお戻りに。

 思い出すのは村を囲む怨念の炎渦に入った時。

 ホーネストさんはあの魂を祖先たちと言っていました。

 彼らはずっと村を護っていたのでしょう。

 魂だけになっても、常に。

 だから。


「これは私が背負うべきかと」

「本当にアナタは……奇跡とやらで消せるでしょうに」

「いえ、自分への戒めとして残します」

「……そーですか」


 モルテラ様は再度、視線を私から骨の山へと。


「この人間たちにも、お迎えは来なかったんですよね。ワタシと同じ、死神が」

「それは……この村が」

「遠慮はいりませんよ。だって私、そもそも1万人分回収していませんから。もしかしたらこの村も入っていたかも」


 無理に作られた笑顔。

 胸が苦しくなりました。


「私が、死神としてもっとちゃんとしていれば、きっと」

「それは違います!!」


 不敬ながら、否定します。


「少なくても私は、モルテラ様に出会えて救われています!」


 聖女に選ばれたのに落ちこぼれだった私が、今こうしていられるのは全てモルテラ様のおかげだから。


「1万人なんて誤差です! だってモルテラ様の使命は100万人ですよ! むしろ誇るべきです! ちゃんとしていなかったら、より多くの人を救えると!!」


 お姉様たちに頼る事なく、聖女として人を救えたから。


「それにこの痕も見方によっては恐れ多くもモルテラ様の長い前髪との対になるのではないでしょうか! それも全て、モルテラ様のおかげです!!」

「シャリーネ……いや、いやいやいや! 傷痕まで私のせいにされるのは何ていうか重たすぎませんかね!?」

「私の愛が軽いとでも!?」

「真顔で恥ずかしい言葉を返すのやめてくれません!?」


 顔を見合わせた私たちは。


「……ぷっ」

「……ふふっ」


 気づけば、笑っていました。


「……あーあ、とんでもない聖女を選んでしまいました」

「光栄の極みです」

「まー、確かに。これからワタシたちが救う数に比べたら、今言った事も、そうなのかも……」

「……モルテラ様!」

「抱きつかないでください! ワタシの骨まで折る気ですか!」


 感極まりましたが、両手を突き出されて制止されてしまいました。

 がっかり。


「……えっと、まあ、それはそれとして、あのぅ」

「どうなさいました?」


 頬を掻きながら、そわそわとした様子で視線をキョロキョロさせるモルテラ様。


「何というか、流れからこうなって、言ってなかった気がしますので……」

「?」


 大きく息を吸ってから。


「……シャリーネ!」


 吐き出して。


「これから、よろしくお願いします! ワ、ワタシの聖女として!!」


 私に手を、差し伸べてくれました。


「……は、はやく掴んでくださいよ! こ、これも命令しないと駄目で」

「い、いえっ!! これからも、よろしくお願いいたします! モルテラ様っ!!」


 その手を、私は両手で包み込みました。

 私よりも少し小さくて温かい、主の手を。


「これからもって……ちゃんと会ったの昨日からでしょうが。やれやれはいはいよろしくお願いしますよ。……あの、シャリーネ? 手を、離してくださいよ」

「いえ、その前に」

「いや、どの前に?」


 私は片手だけ離して。


「失礼いたします!」


 その漆黒のローブを、捲りあげました。


「――うっ、きゃあああああああああああああああああああああああああっっ!?」


 朝日に照らされた、白骨よりも白い肌。

 線の細く薄い芸術のような身体。

 静寂を打ち破る可愛らしい悲鳴。

 お腹。

 光る下腹部。

 そこにある数字は。


『998784』


「やりましたよモルテラ様! えっと……1212人の魂を天に返しました! やはり村の祖先たちが多かったからでしょうか! この傷痕がより誇りになります! 偉大なる神の初偉業、その証として!!」

「ええやりましたねアナタが今も現在進行形で不敬を! それと触れにくい内容を盾にするのを止め……その前にローブを下ーろーしーなーさーいー!!」


 まだ先は長いですけど、これは大きな一歩ではないでしょうか。

 全能なる神、モルテラ・デスサイス様の名を世界に轟かせる為の道のりが、かつてルーチェが救えなかったこの村から始まったのです!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る