第15話  夜明けと少女たちの輪舞曲

「くぅ……っ!」


 身を焦がすような怨嗟の声が、私の身体を包み込みました。

 恐怖、憎悪、後悔、執念、絶望。

 それら全ての不の感情が私の身を蝕んでいきます。


『シャリーネ!』

「大丈夫です!」


 大鎌の柄を握り締めました。

 この声に呑み込まれない為に、私が私で、聖女である為に。

 強く、強く。


「――主よ」


 どうして人は救いを求めるのか。


「――癒しよ」


 考えた事があります。


「――聖女わたしは此処に」


 けど、未熟な私じゃ答えは出なくて。


「――祈りを想いに!」


 今も模索中です。


『おお! また光りましたね。どうなってるんですかそれ?』

「わかりません。聖女だからとしか」

『でたらめですね、聖女って』

「それほどでも」

『褒めてないです』


 赤黒の炎を斬り裂くデスサイス。

 癒しと加護の混ざった奇跡が、私の身体を楽にしてくれました。


「モルテラ様、共に舞い踊りましょう」


 柄を握る手が熱くなります。


『良いでしょう。ギャラリーは腐るほどいますしね!』


 心が軽くなります。


「そうですね、彼らは幸運です。神の舞が見れるのですから」


 モルテラ様と、一緒なので。


『私の踊りは高くつきますよ!』


 もう、寂しくはありません。



 ◆



 その舞踏会に礼儀作法など存在しませんでした。

 ひたすらに駆け回り、無我夢中で苦しみを斬るだけ。

 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。

 舞う、跳ぶ、奔る、踊る、歌う、笑う。

 神と、2人きりで。


『うひゃあ! 入れ食いです!』


 喜ぶ声。


『――――!!』


 消えていく声。


「神の名の下に」


 いつしか怨嗟の声は。


「その魂、頂戴いたします」


 聞こえなくなりました。



 ◆



 村の周囲を廻り終えた頃には、朝日が昇りつつありました。

 赤黒の壁は消え去り朝焼けが照らす村の中心には、ポツンと巨大ゴーストが立ち尽くしています。

 彼、いや、彼女は私たちが外周の魂を天に返している間、そこから一歩も動きませんでした。


『さあ! 後はあなただけですよ!』


 大量の魂を取り込んだモルテラ様。

 その刃が白銀を纏いながら赫灼に輝いています。

 とても美しいその切っ先を、私は降ろしました。


『え?』

「少し、お話させてください」


 私たちをジッと見つめる黒い巨大な影を、見上げます。


「ホーネストさん」

『え、えぇ!?』

『……いつから、ですか?』


 その巨体から、聞き馴染みのある声が聞こえました。

 しかし身体は戻りません。


「最初からです。ですよね、モルテラ様?」

『え、あ……当たり前じゃないですか! 忘れてなんていませんよ!』

『……まさか、あなたたちにこのような力があるとは思いませんでした』


 全てモルテラ様のおかげです。


『何ですかそれ、助けてとか言ってましたよね、確か!』

『あの時の、いえ、今までのわたしは正気を失っていましたから。恨みのままに、人を呼び、人を喰らってきました。白骨がその成れの果てです』

「では、魂は全て……」

『わたしたちが最後の村人であり、壁は祖先たちでした。聖国と関係を絶った私たちに、お迎えは来ませんでしたので』

『…………』

 

 聖国とは、大聖国の前身の事でしょう。


『村を救っていただき、ありがとうございました。これで、最期に、わたしタチも、ガッ、グァアアッ!』

「ホーネストさん!?」


 その巨体が、突如として苦しみだしました。

 巨大な拳が叩きつけられ、地面が揺れます。


『ユルサナイ』

「……え?」


 瞼の無い黒い瞳が、私を睨みました。


『ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイイィッ!!!』

「ほ、ホーネストさん! お気を確かに!」


 攻撃的な気配、全身から溢れ出す殺気。

 それでも襲っては、きませんでした。

 両の手を地面に振り下ろし続けています。

 何度も何度も、何度も……何度も。


『オマエガミンナヲ! オマエタチガ、イナケレバ、マダ、ミンナト!!!」

「ホーネスト、さん……」


 私の身体よりも大きな顔が目前に。

 ジッと覗き込む闇が、震えながらも動く事はありませんでした。

 そして私も、動けませんでした。


『――シャリーネ』


 そんな私を、動かしてくれたのは神の声。


『――もう、良いです』


 視線を落とします。


『――楽にさせてあげましょう』


 強く握った柄に彫られた、古代ルーチェ文字が紅に点滅していました。


『――神託を授けます』


 その光が刃へと吸い込まれ。


『――彼女を救いなさい、シャリーネ』


 赫灼がより一層輝きを放ち、白銀の太陽が燃え上がります。


「……感謝、いたします」


 一閃。


『アアッ! アリガ、とう……』


 影は霧散し、消えた声だけが胸に残り。

 昇りだした本物の太陽が、私たちを優しく照らしてくれました。

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