第12話  聖女大暴れ

 数的に圧倒的不利なこの状況下において、骨を相手にした私の血が滾ります。

 

 聖女の日課の一つに、対人を想定した戦闘訓練がありました。

 いえ、少し御幣があるかもしれません。

 ルール無用の殺し合いでした。


「34!」


 メイスを振るうと子気味良い粉砕音が耳に入ります。


 聖女を聖女たらしめる最たる由縁、癒しの力――奇跡。

 それが聖女に選ばれる最低条件といっても過言ではありません。

 死ななければなんとかなるが、お父様の口癖でした。


「35!」


 肉の無い身体はいとも容易く砕かれていきます。


 人の身体を傷つける事には多少なりとも抵抗がありました。

 肉の感触が自分に返ってくるからです。

 いくら傷をすぐに治せても、痛そうという気持ちは必ず生まれてきました。


「36、7、8、9、40!」


 その点、骨……スケルトン相手は爽快感しかありません。


 単純な波状攻撃を、両手に握った鈍器で舞うように壊していくのです。

 既に死んでいる者相手というのも気が楽なポイントでしょう。

 苦しまずに殺してあげようなんて、考えなくて良いのですから。


「モルテラ様!」


 更にこの戦いには意味があります。

 そう、我が神であるモルテラ様を護る為の戦い。

 聖女として、より高みへ至る為の道標。


 言わば、聖戦。


「見てくださっていますか!」


 跳躍、回転を加えながら横なぎにスケルトンの群れに突っ込みました。

 折れた骨たちが無数に舞い上がります。


 アピールを忘れず、モルテラ様に振り向いて笑顔。


「私の戦いを!」

「前! 前! あ、後ろです!!」

「後ろ?」


 モルテラ様の支持、すなわち神託。

 

 それに従うと頭蓋骨の空の瞳と目が合いました。

 まあ、目……無いんですけど。


「シッ!」


 頭突き。


 野ざらしにされた骨は脆く、焼き菓子よりも簡単に割れました。

 骨の欠片が顔に当たって少し痛かったです。


「さあ、残りは……おや?」


 残ったのは人型とは程遠い、異形のスケルトンたち。

 四足歩行、はたまた三足や五足、足が手になっている骨の魔物。

 それらが全て、一箇所に集まっていきます。


「これは……」

「うぇぇっ! そんなのありですか!?」


 遠くからモルテラ様の声が聞こえます。

 危険な位置にいるスケルトンは真っ先に砕いたので大丈夫でしょう。


 骨と骨は次々に継ぎ接ぎに。

 幾重にも折り重なっていき、家屋よりも巨大な存在へと変貌していきます。

 それに呼応するように、私が砕ききれなかった骨の残骸たちが吸い寄せられていきました。


「まさか、知性があるのでしょうか?」


 スケルトンにそのような意志があるとは。

 勉強不足か、それとも……。


「いえ、思考は後にしましょう」


 左手に持ったメイスの先端を巨大スケルトンへ向けました。

 見た目も雰囲気も全てが様変わりした、強大な魔物に意識を集中させます。


「それに、考えるの苦手なんですよね」


 巨大スケルトンが屋根よりも巨大な手を振り払います。

 近くにあった枯れ木が轟音を発して砕け飛びました。


「どういう理屈か知りませんが、力も強度も増した、と」


 それを見て、考えました。考えてしまいました。

 まともに当たったら大変だと、ただ事ではすまないと。


「めんどくさ」


 それを溜め息と共に吐き捨てました。

 そんな暇があるのなら、モルテラ様を見ていた方が有意義だからです。


「シャリーネ! 来てる! 来てますよ!!」


 赤黒い火、燃え盛り照らされる村だった場所。

 私に当たる光に、影が差しました。

 

 それはつまり、巨大スケルトンの手が頭上にきて――。


「――主よ」


 ――私を、押し潰しました。


「シャリーネッ!?」


 声が聞こえました。

 

「――癒しよ」


 私を心配する、神の声が。


「えっ!?」


 心配させてしまいました。


「――聖女わたしは此処に」


 これでは、聖女失格です。


「な、何ですかその光は!?」


 全ては、そう。


「――祈りを想いに」


 この骨が悪い。

 

 まずは邪魔なこの手から、壊す。

 骨の雨が降り注ぎました。


「ええっ!?」

「邪魔」


 投擲。

 砲撃となった二本のメイスが骨ダルマの中心に風穴を開けました。

 それでもスケルトンは残った左腕を馬鹿の一つ覚えで私に振り下ろしてきます。


「だから、邪魔です」

「嘘でしょうっ!?」


 それを拳で相殺させました。

 不甲斐ない自分が許せない。

 モルテラ様への想いが、私を突き動かす原動力になります。


「救えないですね」


 モルテラ様への想いが、私を突き動かす原動力になります。


「いいえ」


 癒しの奇跡が、加護と交わり、新たな力となりました。


「私が、救いましょう」


 炎の壁を背後に、巨大スケルトンが僅かに震えますがそれが何を意味するかはわかりません。

 

「聖女として」


 ボロボロになった修道服の袖を捲くり、頭に被ったベールを外して。


「救いを、貴方に」


 ガントレットで作った握り拳は。


「眠りを、永久に」


 巨大スケルトンの核を、打ち砕きました。

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