第8話  999996

 ルーチェ銀貨が四枚に、ルーチェ銅貨が八枚。

 それから他国の金貨が二枚と、銀貨が十六枚。

 うーん、他国からの流れ者かもしれません。


「人間って、意地汚いですね。生きるって、汚い」


 切り株に腰掛けたモルテラ様が紅いお目目でジッと私を見つめてくれていました。

 見てください、これが神の余裕というものです。

 先ほどまで扱いが酷いと猛抗議していたのが嘘のよう。


「無益な殺生は禁じられていますので。醜くても生きるのが人間ですから」


 あ、袋に干し肉入ってる。


「聖女って、思ってたより野蛮ですよね」

「そんなに褒めないでくださいよ」

「褒め要素どこにありました?」


 お姉様たちに比べたら私なんて大人しい方です。

 例えば、メギスお姉様だったら死ぬより怖ろしい目にあっていたと思いますから。


「殺生といえば」


 並べられた四人の男の死体。

 私はモルテラ様の神託に従った訳ですが。


「何か御身体に変化はありますか?」

「ほぇ?」


 キョトンとされました。

 可愛らしい。


「神の遣い、いえモルテラ様の神託と加護を受けた私が殺生をしたので神の力が戻ったのかなと思いまして」

「……あぁっ!」


 ようやく理解されたらしく勢いよく立ち上がられました。

 その顔は嬉々とされています。


「そうだそうですそうでした! アナタの手柄はワタシの手柄です! えっへん!」

「おぉー!」


 平坦な胸を張るモルテラ様に全力の拍手。


「よーしっ! 神の力を見せちゃいますよぉ!」

「お願いします!」


 またしても切り株の上に立つモルテラ様。

 私もその前に跪きます。


「ふんっ!」

 

 拳を掲げました。


「ふむむむむむむっ!」


 プルプルと震えています。


「せえええええええええええええええええいっ!!」


 雄叫び。




 そして、奇跡が起こりました。




 神々しく輝く大鎌がその場に現れたのです。

 森の広間に差し込む日の光を浴びて、鈍く光る大鎌が切り株の上に浮いています。

 刃に刻まれたルーチェのエンブレム、柄に描かれた古代ルーチェ文字。

 

 それは神が、再度私に見せた奇跡。


 私の神、モルテラ・デスサイス……あの日とあの感動との、再会でした。


「ふみゃぅ……」

「モルテラ様!?」


 しかし奇跡は長続きしませんでした。

 大鎌は光を失い、元のモルテラ様の姿に戻ってしまったのです。


 切り株に倒れこむ唯一神に私は駆け寄りました。


「と、とんでもない勢いで神気が減っていきました……」

「神気? そういえばモルテラ様のお話にも出ていた気が」

「ええ、簡単に言うと神の力……神パワーです」

「神パワー……!」


 なんと素晴らしいネーミングセンス。


「しかし、これは……」


 何やら難しい顔をして考え込んでしまわれました。

 そのお顔も素敵です。


「……シャリーネ」

「は、はいっ!」


 また! 名前を! 呼んで! くれました!


「……あ、ありがとうございます」

「も、モルテラ様!? そ、そんな恐れ多い……」

「いえ、アナタのおかげで少なからず力を取り戻せたので。お礼を言わせてください。ありがとう」

「か、神よ……!」


 白い肌、細い鼻、小さな口、純白の長い髪、前髪に隠れた左目と覗く右の紅い瞳。

 笑顔。

 私、感無量。


 黒いローブがその神々しさを引き立てるのに役立って……あれ?


「あの、モルテラ様。つかぬことをお聞きしたいのですが」

「何ですか? 今の私は気分が良いので、何でも答えてあげますよ! お望みならアナタの寿命だって」

「いえ、そのお召し物は大鎌の時には無かったので、どういう原理なのかなと」

「ああ、これですか? これは神衣なので私の一部みたいなものです」


 また私は奇跡を目の当たりにしています。

 それも私の手の届く範囲に。

 神の衣、そしてモルテラ様の一部。

 気にならない訳がないではありませんか。


「失礼します」

「ふぇ?」



 なので私は足元からそのローブを捲り上げました。


 下半身も穢れの無い白さで。


 下着は着用されていませんでした。


 神秘。


「な、なな何してるんですかああああああああああああああっっ!?」


 両手でバッとローブを押さえようとするモルテラ様。

 しかし私は見逃しませんでした。

 更にその手を押さえて阻止します。


「シャシャシャシャリーネ!? 離しなさい! 今すぐその手を離しなさい! ワタシに露出の趣味はありません!!」

「大変ですモルテラ様!」

「大変なのはアナタですけど!?」


 今現在、ローブは腹部まで上がっています。

 そう、その腹部が問題なのです。


「モルテラ様のお腹で! 数字が光っています!!」

「言動まで狂いましたかアナタは!? 数字なんてどこに、も……?」


 そこでモルテラ様も異変に気づきました。

 白い絹のようなお腹、具体的には下腹部。

 おへその下。

 そこに存在する、赤く光る数字。


『999996』


 9ばかりで最後だけ6の羅列。

 99万9996とも読めるでしょう。


「モルテラ様、これはもしや……」


 私の視線は再度4人の死体に移動します。

 私が殺し……魂を天に返した男は4人。

 お腹の数字は999996。

 そこから導き出される仮説。


 999996+4=100万。


 そして、100万という数字には心当たりがありました。

 それはモルテラ様も同じようで、どんどんその白いお顔が真っ赤になっていきます。

 メギスお姉さまの首絞めでもここまで赤くなった人は見た事がありません。


「……あんの生き遅れ悪趣味ババアがああああああああああああああああっっ!!」


 モルテラ様の絶叫が森の中に響き渡ります。

 それでも、お腹の……天に送るべき魂の数字が消えることはありませんでした。

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