第7話

 僕が中学に入学した年、入れ替わりでりっくんは卒業した。

 中学では一応全員が部活に所属しないといけないことになっていた。

 りっくんは中学では陸上部だった。それはりっくんに聞いて知っていた。大会で入賞したりもしてて、玄関ホールに写真が飾ってあった。

 

 りっくんはここを走ってたんだなーって思いながらグラウンドを歩いていたら、周りに花壇があって『園芸部』という札が立っていた。

 僕は、りっくんが走っていたグラウンドを見ながら作業ができるからっていう理由で園芸部に入った。運動部は無理って思ってたし、音楽にも芸術系にもあんまり興味がなかったから。それに、花は嫌いじゃなかった。


「三島先輩はね、走るのが速いのはもちろんなんだけど、フォームが綺麗でね。走ってるとついつい見入っちゃって作業が進まなかった」

 園芸部の先輩たちからはりっくんの話がたくさん聞けた。ここでりっくんを見ながら部活をしてたのかと思うと、すごく羨ましかった。

「先輩、この子、高山くんね、小学校の時三島先輩と仲良かったんですよ」

 同じ小学校出身の里田彩夏さとだあやかがそんなことを言ったから「あー、そうそう思い出した!」とか「えー、そうなの?いいなー」とか、先輩たちに詰め寄られてびくびくした。でもそのおかげで先輩たちと早く打ち解けられて、良かったと言えば良かった。

 これは里田さんのおかげなのか、りっくんのおかげなのか。…どっちも、かな。


 りっくんとはもう話すこともなくて、たまに見かけるだけになってたけど、思い出話はしょっちゅう聞いてたから、なんか会ってる気になれた。

 一高のブレザーの制服を着たりっくんは、少し髪を茶色く染めていつもちょっとダルそうに歩いていた。そして僕を見つけると、一瞬「あ」っていう顔をして、そして目を逸らした。


 そのうち、目を逸らされることにも慣れた。りっくんが僕から目を逸らすから、僕はりっくんを目で追うことができた。

 でも、りっくんの隣に女の子がいるのは、いつになっても慣れなくて胸の奥がモヤモヤしていた。



 

 高校受験の学力試験と面接。かつて経験したことのない緊張感を味わった。最後の二週間くらいは、なんかずっとドキドキしながら、とにかく勉強の追い込みに必死だった。

 だから、面接が終わった帰り道は一気に気持ちが緩んで、ものすごくぼんやりしていた。

 ガタン、ガタンと電車に揺られて車窓を眺めた。自分家の最寄駅を乗り過ごしそうになったんだから、ほんとに気が抜けてたんだと思う。

 電車のドアが閉まる寸前にホームに飛び出して、ふーっと息をついた。

 危ない危ない。いくらなんでもぼんやりしすぎだ。

 車にぶつからないように気を付けないと。

 そう思いながら改札を抜けて駅を出た。駅前の商店街を家の方向に歩いていく。


 あ…


 前から歩いて来る、見慣れた長身。

 りっくん、だ…。

 とくんと心臓が跳ねた。

 そっか、もう自由登校なんだ、りっくん。

 その姿を目だけでチラチラ追っていると、パタパタと足音が聞こえてきた。

「三島くん!」と言う声。りっくんの後ろから小柄な女の子が走って来ていた。

 りっくんが少し、振り返る。

 その女の子のサラサラの髪、紅潮した頬。すごく嬉しそうに笑いながら走って来て、りっくんの腕に腕を絡めた。

 

 ぎゅううっと胸を掴まれたように苦しい。

 喉が詰まって息もできない。


 考えるより先に身体が動いてた。

 僕はりっくんに背を向けて走り出した。


 

 町をめちゃくちゃに走って、気付いたらりっくん家の前に来ていた。酒屋さんは閉店してリフォーム工事が行われている。

 2階に続く外階段。この前ここで、りっくんは僕に話しかけてくれた。

 僕がうっかり立ち止まったから。

 会話らしい会話をしたのは本当に久しぶりで、すごく嬉しかった。

 りっくんの「頑張れよ」って言う声を思い出しながら、毎晩遅くまで勉強した。

 

 また話したくて、あの時みたいな近い距離で会えたらって思ってたのに。

 さっきりっくんは目の前から歩いて来てたのに。

 どうして僕は逃げちゃったんだろう。

 りっくんが女の子と歩いてるのなんて、見慣れてるはずなのに。

 いい気はしないけど、すれ違うぐらいはできてたのに。

 

 でも…、なんかすごく嫌だった。

 なんでかは全然分かんなかったけど…。


 

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