浪漫ティックJK 【KAC20231】

椎名類

浪漫ティックJK




 金曜の放課後。この時間が一等好きだ。


 煉瓦の外観、少し曇った窓硝子。座って本を読む姿が見えれば、私はトキメク。

 扉を押すとチリンと軽い鈴が鳴って、あの人の目が私へ向く瞬間が訪れる。


「来たね、いらっしゃい」

「こんばんは」

「こんばんは。今日もお薦めを知りたいのかな?」

「お願いします」


 ふわっと笑うと、本の海から一冊を探してくれる。


 夏休みの補習中。先生に言われ、渋々参考書を買いに来た本屋で、私は一目惚れをした。

 次の日、金髪ロングから黒髪ショートにイメチェン。そんな私を見て「恋?」と一言で当てた親友と考えた口実が、週に一度の本のお薦め。


「先週のお薦めは、どうでした?」

「素敵でした」

「そう、良かった。貴女はロマンチックな話も好きそうだと思って。物語を好む女子高生には、どんな世界も魅力的かな?」


 本に溢れたこの店で、私の為に選んでくれる一冊は、面白い本ばかりだった。


 でも今日は、もうひとつ作戦がある。



「あの、月が綺麗ですね」



 唐突に、言葉を投げる。

 心臓がうるさい。


 好きと言わずに好意を伝えられる、と言っても「アイラブユー」の意だ。



 沈黙が、苦しい。


「……あぁ、もうそんな時間か。日が伸びたと言っても、まだ冬だね」


 

 外は夕方。

 夜に光る月は、未だ姿を現さないだろう。


 これはダメかも。


 カチカチと音を立てる秒針が、やけに響く。

 


「授業で習ったの?」


 彼が言う。

 これ、やっぱダメだったやつ。



「友達に教えてもらいました」

「そっか。もう暗くなる、送りますよ」

「えっ」


 初めての展開。驚く間に、彼はコートを羽織って帰り支度を済ませていた。


「行きますか」

「い、いいんですか?」

「はい。僕も、貴女と一緒に見てみたいので」

「え?」



「月、綺麗なんでしょう?」


 その笑顔は、悪戯が成功したような。

 ふわりと笑う彼の、見たことのない表情。




「私、アリですか!?」

「アリ? そういえば、夏から来てくれていましたね」








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浪漫ティックJK 【KAC20231】 椎名類 @siina_lui

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