タイゲテ1985―ワンダラァンそれは百貨店の四階に―

gaction9969

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 またとない好機なのであった。


 食材を買いに行くだけと分かっていても、そこに一縷のおもちゃチャンスがあるのならば、積極的に夕方の買い物に付いていく久我少年六歳なのであった。近場の「ダイシン百貨店」は正に「百貨店」と呼ぶにふさわしいほどの品ぞろえで、昭和レトロな(「今」も昭和だが)佇まいの狭い間取りに、これでもかの商品が割と無秩序にひしめいているという、「昭和のドン・キホーテ」とでも呼ぶべき(こちらが先ではあるが)、六階建ての夢の巨城なのであった(現在は何とMEGAドンキが跡地に屹立)。閑話。


 1985年6月28日金曜日の夕間暮れなのであった。


 急ぎの時はかなりの足さばきで高速移動しながら鋭い吟味を続ける母親のでっぷりとしたスカートの尻を見失わないようにカゴを二つ乗せたカートをふらふらしながら押しつつどんどん入れられる牛乳やら根野菜系の重さにうんざりしながらも「ひとつだけなら」とお菓子の購入を許されて喜ぶものの、ガムが一枚入っているだけのミニプラモデルは却下されることが分かっているのでそれならと見た目も味も抜群な「きこりの切株」か「エブリバーガー」の二択でいつも迷ったりするのであったが。


 何か今日は様子が違う。何故か一階が催事場、二階が生鮮を含む食品売り場という変わった階構成の建屋の二階を通り過ぎ、さらにの上階を目指す背中にあれとか言ってみるものの、ここに来て初めて、修理に出してた時計が出来上がってるってさ、との母の言葉が紡ぎ出されるのであった。


 え、じゃあ付いてこなくても良かったなあとか思った矢先、時計とかって四階じゃん、との思考に行き着く。


 雑多なフロア構成はそこに魅力があるとも言えなくもないのだが、四階は広大な売り場の四分の一以上が何故か「時計」売り場である。他の電気器具は三階なのに、時計だけは四階で幅を利かせているのであった。様々な柱時計が、古式ゆかしい鳩時計からキャラクターものまで見上げる壁一面にひしめき、そしてその前面には目覚まし時計がうわーっとみっしりと林立しているという博物館的な威容を誇る。しかし、それはもう見飽きるほど見てきているのでどうでもいい。


その隣が、いや呉服屋を挟んでの(何でその配置だったんだろう)、その隣こそが、


 イツァ本屋ワンダランドゥなのであった……


 御多分に漏れず、ここも雑多である。木製のがっしりとした書棚がずらと居並ぶ。本特有の紙とインクの香りが床に堆積しているんじゃないかくらいに濃密に漂い、そして縦長の売り場はフロアのど真ん中からバックヤードに続く暗い窓無しの方向へと位置するため、窮屈ながら開放感もあるという、得も言われぬ「世界」なのである。


 久我少年は五階のおもちゃ売り場にて「ロボダッチ」の遊べる展示でほぼバラバラにされているロボットたちの残骸を一か所に集めて修復作業を行うということの次に、この底抜けに深い本屋で買ってもらえそうな本を探してうろうろするのが好きなのであった。


 漫画はもちろん駄目なことは知っている。かと言って牧歌的な絵本ももう飽きている。その間の、狭間に位置する最善なるものを探すのです……脳内にそのような導きの声が響きはしなかったものの、審美眼スキルを発動したその丸顔は、母親が時計を受け取るまでの五分にも満たないであろう猶予時間モラトリアムを余さずに無駄なく使ってやろうという、いっぱしのせどり師もかくやと思わせる眼光を放つのであった……


 ファミコン攻略本……安いけど絶対に無理。ゲームブック……探偵ものなら表紙は普通の本っぽいからいけると思うけど、絶対怖い展開があるから無理。寝れなくなる。大百科……前に「メカ生体ゾイド」の奴を買ってもらって、載ってるのコンプしようとしてじいちゃんにいっぱい買ってもらい過ぎて怒られたのでやめとこう……


 はやく決めないと。と、


 焦る目の前に、メタリックな赤に白文字が映える背表紙の連なりが現れるのであった。「学研まんがひみつシリーズ」……「宇宙」「恐竜」「からだ」「飛行機・ロケット」……男児が心揺さぶられるテーマを、あくまで「学習」のために「まんが」で展開していくという、神の発明品を目にして、ハマらないわけがない久我少年だったのであった……が、この場ではそれは省く。長大になり過ぎるからである。はてさて。


 無事「宇宙のひみつ」を買ってもらい、何故か必ずおまけにつけてくれるポケットティッシュの感触を紙袋の上から触って楽しみながら帰路につく。


 徐々に青暗くなっていく夜空に、輝くはひとつの光点。


(了)

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