感情本屋さん

青頼花

感情本屋さん


 男子高校生の見高ユウキは、自死を考えるほどに追い詰められていた。

 毎朝家を出ても学校にはいかずに、離れている街をふらついて過ごしている。

 歩き続けていたら、いつの間にか薄暗い路地の突き当りに来てしまった。

 驚いたのは、壁にはりつくような本屋があるのだ。

 本屋と書かれた看板が下げられているから、多分本屋であろう。

 ユウキは消えたと思った好奇心が蘇るのを感じて、思いきってドアを押してみる。

 軋んだ音を立てて、木の扉はゆっくりと内側に開いていく。

 呼びかけても、返事はない。

 高い天井から無数のランプが吊り下がる光景は、まるで魔法道具でも売ってそうな雰囲気だ。

 まあ、あたりいっぱいに見えるのは、本だらけなのだが。

 ユウキは本を一冊開いてみる。

 見た途端、目が見開いた。

 

 真っ白なのだ。


 ユウキは首を傾げてしまう。

 悩みつつ、店内をぐるりと見ると、ようやく答えにたどり着いた。

 羽ペンが本棚の下に幾つも落ちていたのを一本、拾いあげる。

 傍らにあった椅子にすわり、卓上に真っ白な本を開いて、唸りながら思うままに書きこんだ。

 理由はわからない。

 ぐちゃぐちゃな文字で感情をつづると、つい夢中になって、涙と汗で顔が気持ち悪くなった。

 やがて、感情を吐き出し切って長いため息をつく。

 頭がぼんやりしたまま、本屋から出た。


 その瞬間、急に気持ちが軽くなり、なぜ悩んでいたのかも思い出せず、ただ早く学校に行きたくてたまらなくなる。

 鼻歌まで声に出して走り出した。


 本屋から人間の気配がなくなると、店主は天井からおりたった。

 とんがり耳をピクピクさせながら、少年が書き込んだ本を確かめる。

 それに一通り目を通すと深く頷く。


「意地悪な教師と同級生は斬首としますかねえ。しかし、ありきたりな物語ですねえ。貧乏で勉強はできない、容姿もいまいちですか。まあ、自死したいくらい悩んでいたのを、報復したいという気力を取り戻したのは良い事ですねえ」


 店主は無数の“暗い感情”がつまった本をながめて嗤う。


 ――ここに書かれた人間達を戦わせたなら、誰が生き残りますかねえ。


 店主としては、善と悪、どちらが生き残ってもどうでも良かった。

 人がこの世からいなくなるまで消えない己の、暇つぶしなのだから。


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感情本屋さん 青頼花 @aoraika

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