といえば

第1話

 中学からの帰りにハナが参考書を見たいというから本屋に来た。お店に入って一旦別行動。

 特に用事がなかった私はお店をぶらぶらして、漫画コーナーで集めている漫画の新刊を発見。これ新刊出てたんだ。知らなかった。買おう。

 その漫画を持って参考書コーナーに向かうもハナの姿はなかった。本屋の中をぐるぐるとハナを探す。ハナは生意気にもファッション雑誌を立ち読みしている。

「ねえ」

 ハナの後ろに立って声をかける。

「マリちゃん。私今忙しい」

 よく見るとハナが立ち読みしているのは男の人向けのファッション誌だった。私たちみたいな女子中学生が読んでなにか意味があるのか。でも面倒臭いのでツッコむのはやめておく。

「参考書あったの?」

「これ」

 立ち読みしているハナが指さした先には裏返った一冊の本。

「なにこれ」

「うんこドリル」

「うん……」

 思わず復唱しそうになるのをなんとか堪える。

「漢字のやつね」

 どうでもいい情報。

「これって小学生向けじゃないの?」

「表紙をよく見たまえ」

 正直見たくはなかったけど、裏返ったドリルをひっくり返して表にする。ドリルの表紙にはアレが魔法陣の真ん中でかっこつけて膝立ちで座っている。なにこれ。

「なんて書いてある?」

 表紙には当然ドリルのタイトルが書いてある。

「ターボ」

 ターボのフォントがちょっとかっこよくて腹立つ。

「カタカナしか読めないの? 他もちゃんと読んでみ」

 ハナはにやにやとこちらを見ながら言う。いつのまにか読むのに忙しかったはずの雑誌は棚に戻っていた。

「ドリル漢字ターボ」

「ひらがなは?」

「うんこ」

 恥ずかしがって言わないといつまでもしつこいからこういうのはさくっと言ったほうがいい。

「これって中高生向きなんだよ」

 うんこ言ったのにスルーすな。

「中高生向きだからタボゥなんだよ」

 似非ネイティブ発音やめろ。

「ハィパァもあるよ」

 はいはい。ハイパーねハイパー。

「そういえばうんこと言えばさ」

 私がスルーし続けるからってうんこで話題続けようとするな。

「本屋にいるとうんこしたくならない?」

 その話は聞いたことはあるけど、私は全然ならない。それよりも私には気になることがある。

「あのさ。ハナ。他の人もいるんだからあんまりそういうこと言わないほうがいいよ」

 まぁ先に言ったのは私ではあるけど、私の場合はもうちょっと声は抑えていた。

「そっか。そうだよね」

「私たち一応女の子だしさ」

「うん。そうだよね。ごめんね」

 そういうとハナはごほんと咳払いひとつ。

「本がたくさんあるお店にいると――」

「そっちじゃねえよ」

「本屋にいると名前を言ってはいけないあのブツ――」

「例のあの人みたいな言い方もやめろ」

「あの現象って青木まりこ現象って言うらしいよ」

「えぇ……」

 私の名前はマリだからなんかこういい気持ちはしない。青木まりこさんには申し訳ないけれど。ていうかそんなどうでもいい情報よく知ってるな。

「というわけでみたらいに言ってきます」

「みたらい?」

「マリちゃん知らないの? トイレのこと日本語でみたらいって言うんだよ」

「おてあらい」

「え?」

「みたらいじゃなくておてあらい。御手洗い。小学生でも読めるでしょ。」

「お・て・あ・ら・い。おてあらい?」

 腹立つな。

「みたらいはあれだよ。苗字とか地名の読み方だよ」

「ま、まあまあまあ知ってたけど。とりあえずおてあらい! 行ってくるから!」

 トイレに向かうハナの背中を見ながら思う。おてあらいとみたらい。間違えるの普通逆じゃね?



 帰り道。私たちは本屋の袋を手に歩く。私の袋の中には漫画が一冊。ハナがなにを買ったのかは知らない。

「結局なにか買ったの?」

 ハナは一回深呼吸をしてから袋から一冊の本を取り出した。

 結局、うんこ漢字ドリルだったけど、タボォでもハィパァでもなかった。

「うん。そっちのがいいかもね」

 ハナが手に持つうんこ漢字ドリルは小学生向きだった。

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