居場所

紫栞

居場所


おばあちゃんの家は町の小さな本屋を営んでいた。

お客さんは1週間に1人いるかどうか。

それでもおばあちゃんはいつも店に出て、店番をしていた。


おばあちゃんの家は近くて、学校の帰りに寄ることもあった。

小学生の時はおやつをもらいたくてよく顔を出した。

おばあちゃんもよく来たねと笑顔で迎えてくれた。

初めはおせんべいとかようかんとか和菓子しかなかったおばあちゃん家だったけど、何度もチョコが食べたいと訴えたらチョコも買っておいてくれるようになった。


中学生になって、部活に塾に友達に忙しくなると、途端に足が遠のいた。

いつも家にあったチョコもいつの間にかなくなって、前みたいにおせんべいとようかんの和菓子セットに戻っていた。

それでも、友達と喧嘩した時とか、親と喧嘩した時は必ずおばあちゃんの家に来た。

おばあちゃんはそばにいるだけで何でもわかってしまうんじゃないかという不思議な空気があった。

だから、何があったかおばあちゃんは聞いてこなかった。

それでますます居心地がよかったのかもしれない。


高校生になると、おばあちゃんの家からも自分の家からも少し遠くなった。

電車とバスを使って通学するようになった。

おばあちゃんに入学式の日にだけ、制服を見せに行った。

「大きくなったねえ」

せっかく来たのに感想がそれだけで、正直がっかりした。

それからは友達と出かける方が大事になった。

おばあちゃんの家の存在も薄れていた。

彼氏が出来ると友達といた時間すら、彼氏との時間に置き換わった。


高校の3年間はあまりにあっという間だった。

大学受験を控え、授業に出席する生徒が少なくなってきた。

推薦で決まっている人たちが休んだり、面接とか試験で休まざるを得ない人がいたり、中には学校に行くより塾で勉強するべきだという考えの人もいるようだった。

一緒に過ごしてきた空間に穴が開いたようで寂しかった。

だから私は最後まで試験の日を除いて学校に通っていた。


そんな寂しい気持ちを埋めるように、気が付くと足はおばあちゃんの家に向いていた。

おばあちゃんの家に着くと懐かしい本の匂いがした。

小中学生の時は飽きるほど嗅いでいたのに、すごく懐かしくて、もっと嗅いでいたいと思った。

「おばあちゃーん?」

奥に進んでもおばあちゃんが出てこないことに疑問を感じて呼びかける。

今までは奥まで行かなくてもセンサーでもついているのかと思うくらいすぐ察知してきてくれていたのに。


その疑問はすぐに衝撃に変わる。

おばあちゃんは家の奥で倒れていた。

「おばあちゃん?!」

急いで駆け寄る。

その手には本が握られていた。

いつも手にしていた、題名の書かれていない本だった。


そのあと自分がどういう行動をとったのかはあまり覚えていない。

でも、慌ててお母さんに連絡をするとすぐに車で飛んできてくれて、呆然としている私をどけて救急車に連絡をしたり、手際よく動いていたことだけはぼんやりと覚えていた。

気が付くと私はおばあちゃんのいる病院に来ていた。

本屋には人がなかなか来ないし、お母さんも私も頻繁に顔を出していたわけではないからいつから倒れていたのかは分からない。

色んな検査をされたようだけどおばあちゃんはなかなか起きなかった。

その間、何となく持ってきてしまったおばあちゃんの本を見てしまった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1993年4月24日

春の日差しが暖かく、桜も少し散り始めた。

娘にかわいい女の子が生まれた。

私の初孫がこんなにかわいい子じゃあ罰当たりかしら。

春に生まれたから小春ちゃんなんて安直じゃないかと思ったけど、会ってみたらとてもよく似合っているわ。


1993年5月1日

娘も孫も無事に退院したみたいだし、お手伝いにいかなくちゃと張り切っていたのに、娘は初産と思えないほど家事をこなしていて驚いたわ。

これなら私がいなくても大丈夫ね。

でも少し寂しいわ。

小春ちゃんとまだおしゃべりは出来ないけど、早くおしゃべりしてみたいな。


1993年7月28日

本屋さんをなかなかお休みにするわけにもいかなくてかなり空いてしまったけど、小春ちゃんはどんどん大きくなっていて、あやしたら笑ってくれたのが嬉しかったわ。

いくつになっても子供はかわいいものね。

随分暑くなってきたからそろそろ汗疹とかも心配ね。


1993年8月1日

ガラガラを買ってあげたらとても興味津々だったわ。

好奇心旺盛な子なのね。

これからきっといろんな経験をしていくのね。楽しみだわ。


1993年8月15日

大変だからといったのに一緒にお墓参りに来てくれたの。

お父さん、見てる?かわいい私たちの初孫よ。

小春ちゃんはとってもお利口さんなのよ。

親ばかかしら?


1993年10月1日

まだまだ拙いけれど、ハイハイが出来るようになってきた!

頑張って追いかけてこようとするのがかわいい。

でも我慢できなくて私の方から近付いちゃうのよ。

それじゃあ練習にならないのかしら?

おばあちゃんなのにお母さんに怒られちゃうわね。


1993年10月20日

かなりハイハイで遠くに行けるようになってきた!

玄関に行かないようにバリケードを買ってみたわ。

今はいろいろあって便利なのね。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


それはおばあちゃんの書いた日記だった。

毎日書かれているわけではなく、何か思い出に残ったことだけ書き溜めているという印象だった。

倒れた時ももしかしたら何かを書こうとしていたのかもしれない。

適当にページをめくっていると、私が高校に上がった時のことが書かれていた。



2008年4月7日

久しぶりに小春ちゃんが来てくれた。

とても嬉しいわ。

制服を着て、もう高校生になるのよって、ずいぶん大きくなっちゃったのね。

寂しいような、嬉しいような。

もう一緒には遊んでくれないかしら。

それでもたまにはうちに遊びにおいでね。

本を読みにきてもいいし、前みたいにおやつを食べに来てもいいのよ。

でも今はお友達が一番かしら。

楽しい時期だもの、思いっきり遊んで、悔いのない高校生活を送りなさい。



制服を見せた時の反応が薄いと思ったが、そんなことは全然なかった。

友達といるのが楽しい時期だからとそこには書かれていた。

おばあちゃんの家に行かなくなっていたことを後悔した。

早く目を覚ましてほしかった。

勝手に日記読んでごめんね、もっとおうちに遊びに行くね、伝えたいことは大粒の涙になって溢れてきた。

周りを憚らずに泣き喚いた。


手術中の文字が消えるまでに何時間もかかった。

不安で1秒が、1分が、1時間が異常に長く感じられた。

お母さんとお父さんの手を握りしめておばあちゃんが出てくることを祈り続けた。


手術中の文字のライトが消え、中から医師が出てきた。

そのあとに続くようにいろんな管が繋がっているおばあちゃんが出てきた。

気持ちよく眠っているような表情だった。

「まだ眠っていますが、しばらくすれば目を覚ますと思います。」

医師の説明は両親が聞いている。

私はおばあちゃんについて行った。

病室まで来たものの、まだ目を覚まさないおばあちゃんになんと声を掛けていいのかも分からず寝ているおばあちゃんを見守った。

両親が病室にやってくる。

みんなで椅子を持ってきて近くに座った。

ピコピコと機械の音だけが響いている。


おばあちゃんは本当にしばらくすると目を覚ました。

「おばあちゃん!」

色んな感情が溢れてきて、私はまた泣きじゃくっていた。

「もう泣かないの」

お母さんになだめられながら、おばあちゃんと少しだけ話した。



2023年3月2日

小春ちゃんは大学を卒業してから町の大きな図書館で働くようになって5年目。

私の本屋さんもよく手伝いに来てくれるようになって嬉しい。

最近膝やら腰やらどうにも痛くて駄目ね。

でも小春ちゃんの提案のおかげで近所の子供が駄菓子屋さん感覚で遊びに来てくれたり、読み聞かせに集まってきたり、まだまだこの本屋も辞められないわ。

お父さんは寂しいかもしれないけど、私はまだこっちが合っているみたいだからしばらく上から見守っててね。


Fin.

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