第3話 猫探偵君

店名が「ねこのへや」なのに、猫がいるところを、今まで一度も見たことがない。

どこかに猫の絵でも飾ってあるのかと、店内をくまなく探してみたが、どこにも見つからない。


もしかして、こうやって店内を歩かせることが目的か!?

俺は、あの店主にしてやられているのかもしれない!?

店主の策略に、まんまと嵌められたのかも!?



以前、なんでこのお店の名前「ねこのへや」なんですか?と、店主に直接聞いたことがあった。

すると、店主はふわっと笑って、

「そのままの意味ですよ。」

と言ったのだ。


「え?でも、このお店に猫、いませんよね?」

と、聞き返すと、店主は、ただただ穏やかに笑みを浮かべているだけだった。



と、いうわけで、

今日も、この古本屋で、猫の探索をしているわけなんだが・・・



「ふう、見つからない・・・」

きっと、どこかに隠してあって、『猫を見つけたら幸運が訪れる』なんてことがあるかもしれない。

「よし、次は、あの本棚の辺りを探してみるか。」

目的の本棚へと移動をしようと思ったら、

「何か、お探しですか?」

珍しく、店主に声をかけられた。

いつも、レジ奥で年季の入った1人掛けの革のソファーに腰をかけ、読書をしていて、声を掛けられたことがなかったので、驚いてしまった。


「え?あ、あの・・・猫を・・・」

思わず本当のことを言いそうになり黙り込む。

何も悪いことはしていないけれど、古本屋で本ではなくて猫を探しているなんて、怪しさ満点だよな・・・


多分、いやきっと、挙動不審な男に見えただろう。


しかし、店主は、「猫」と聞いて、ふむと頷いた。

「猫…ですか。猫、お好きですか?」

と、尋ねられた。


―猫、お好きですか?―


俺は、猫が好きなのか?

店主のこの質問を頭で反芻しながら、考えてみる。


「ええ、まあ…。」

これだけこの店で猫を探し求めているのだから、俺はもしかしたらものすごく猫が好きなのかもしれない、と思っていた。


俺の返事を聞くと、嬉しそうにニコリと笑って、

「どうぞ、こちらに。」

それだけ言うと、店主はゆっくりと店の奥へと進んでいく。

俺は、その背中を追うように、店主の後をついて歩いて行った。



店主が足を止めた先の本棚には、なんとも可愛らしい文字で(まさか、店主が書いたのか?)


2月22日 ニャン ニャン ニャン

    猫 の 日 特 集 


と、書かれたPOPが飾られ、猫の本ばかり集めたコーナーが作られていた。


思わず、声が漏れた。

「か…可愛い……」


店主は、そんな俺の様子をニコニコしながら見ている。

俺は、恥ずかしさのあまり、コホンと一つ咳払いをすると、店主に頭を下げた。

店主も軽く会釈すると、

「ごゆっくり。」

そう言い残し、いつもの古びた革の椅子に腰をかけ、クマ柄の包装紙で作ったブックカバーがかけられた本を手に取り、読み始めた。いつも、あのブックカバーがかかっているから、店主がどんな本を読んでいるのかわからない。いつか聞いてみたいと思っているけど、なかなか聞けずにいる。


こっちを見ていないのを確認すると、猫の日特集の棚に目を移した。

「か…可愛いな……」


三毛猫、ハチワレ、黒猫、トラ、茶白?他にもこんなに……


ずっとこのお店で猫を探していたのに、一度も目にしたことがなかった猫の本……

あったんだなあ、このお店に、猫の本!

しかも、こんなにたくさん!


このお店に一年以上通って、猫をずっと探してきたのに、猫の本を一冊も見たことがないなんて、。こんなんじゃ、猫なんか見つけられるはずないよな。

おかしくて笑ってしまった。



「俺、今まで何を見ていたんだろう……」



いつもそうだ…

てんで違うことをしてしまって、うまくいかない。

「一生懸命なんだけれど、見ている方向が違うよね?」と、よく言われるのだ。


気になった本を一冊手に取ってみる。

やっぱり写真がたくさん載っているのがいいなあ。


1ページずつめくっていくと、気ままにくつろぐ猫の姿がとても可愛くて笑えた。

「可愛いなあ…。おっと、時間だ。」

時計をみると、遅刻ギリギリの時間になっていた。

まずい、バイトに遅れる!

慌てて本を元の場所に戻すと、

「また、きます。」

そう言い残して、店を後にした。



俺は、月本遼平、大学3年生。

アルバイトで、家庭教師をしている。

バイト先のお宅は、「ねこのへや」から徒歩5分のところにある。


「ああ、そういえば、あの本見るの忘れた!」


バイト先に向かう途中、急に思い出した。

お店の奥、そう、猫の日特集をしていた本棚の向い側の上の方。いつも見開きに飾ってある本があるのだ。

「今日は、どんな絵だったのかなあ。ああ、気になる。あの店に行って見てこなかったの、今日が初めてだ。戻って見たいけど、そうしたら遅刻する。だめだ、戻っている時間はない。気になるなあ。あーくそー!!」

泣く泣く諦めて、バイト先へと急いだ。



ピンポーン


「あ、月本先生、お待ちください。」

生徒の母親が玄関を開けてくれた。いつもは、生徒も玄関まで来てくれるのに、今日はいなかった。

「あれ?誠也君は?」

「すみません。ちょっとあって、部屋にこもっているんです。」

「何かあったんですか?」

「ええ、先週先生がお帰りになった後、公園に遊びに行って猫を拾ってきまして。」

「猫を?」

「はい。公園に捨てられていたんです。それで、そのまま飼うことになったのですが、昨日の夜外へ逃してしまって。」

「それで?」

「その後探したのですが、見つからなくて。それで、あの子とても落ち込んでいるんです。昨日の今日なので、もし授業にならなかったら、今日は早めに切り上げていただいて構いませんので。」

母親は、すみません、と頭を下げた。



コンコン。

ノックをすると、

「はい、どうぞ。」

中から誠也君の声が聞こえてきた。確かに元気のない声だった。

「こんにちは。今日もよろしく。」

ドアを開け、部屋に入る。

「こんにちは。先生。」

こちらを向いた誠也君は、泣き腫らした目をしていた。

「誠也君……。」

そっと、誠也君の隣に座ると、名前を呼んだ。なんて声をかけていいのか分からなかった。

困った顔をしていたのだろうか。俺の顔を見た誠也君は、

「ごめんね。先生。いつも一生懸命教えてくれるから応えようって思って頑張っているんだけど、今日は無理かもしれない。」

「うん。さっきお母さんから少し話を聞いたよ。」

「そっか……」

それきり、俯いて黙ってしまった。

「猫、どんな猫?サバトラ?茶白?」

さっき、「ねこのへや」で立ち読みしたばかりの浅い知識を口にする。

誠也君の顔が驚きに変わった。

「先生、猫詳しいの?」

「ううん。そんなに詳しくはないんだけれど、猫が好きで、さっき本を少し読んだばかりだったから。」

正直に言った。すると、誠也君の顔に少し赤みが戻った。

「先生、猫好きなの?」

「うん。猫好きだな。」

「あのね、僕ね……」


誠也君は、公園で猫を見つけたところから話してくれた。

息をするのを忘れているのでは?と心配するくらいの勢いで。


「名前はね、50世っていうの。でね、これが写真。先生の携帯に写真送るよ!」

「ありがとう。猫の写真見るの好きだから、嬉しいよ。」

「ちょっと待ってて。」

携帯を操作している。

ピロロン

カバンの中で、俺の携帯の着信がなった。

「今、送ったよ。」

そう言われて、携帯を開くと、ハチワレの子猫の写真が表示された。

「可愛い……」

思わず、声が漏れた。すると、

「本当!?ね?可愛いよね!」

誠也君は、とても嬉しそうな顔をした。それからすぐに絶望した顔になった。

「僕ね、せっかく家族になったのに、昨日逃しちゃったんだ。」

そういうと、つーっと頬を涙が流れて落ちた。

俺は、咄嗟にポケットからハンカチを取り出すと、誠也君の涙をそっとふき、ハンカチを手渡した。

「ありがとう、先生……」

さっきまで我慢していた涙が後から後から溢れて止まらなくなっていた。


誠也君の様子が落ち着くまで一緒にいて、宿題だけ渡して、誠也君の家を後にした。

誠也君のお母さんには、「今日の分は、別日に振替で構いませんので、都合の良い日を連絡してください。」と、言い残して。


外へ出ると、さっき送ってもらった猫の写真を見る。

「名前がびっくりだよな。50世って。半世紀ってこと?」

誠也君の独特のセンスを、実はちょっといいな、なんて感じていた。


もう一度、写真を見る。

「可愛い猫だよな。」

ポツリと呟いて、俺は、動けずにいた。

「俺も一緒に探すよ。」

って、言えなくて、

「見つかるといいね。」

と、言って出てきた自分が気になって気になって、今からでも誠也君の家に戻って、

「一緒に猫を探そう!」

って、言いたくてたまらなかった。


でも……


猫の知識、さっき立ち読みした数ページ分のみ。

探すよって言って、見つからなかったら?

期待させてさらに辛い気持ちになるんじゃないか?


――― 月本ってさ、一生懸命なんだけれど、見ている方向が違うよね? ―――


猫を探していて、猫の本すら目に入らないやつが、本物の猫を探せるだろうか。

一生懸命に動いているのに、一生懸命になる場所が違って、何の成果もあげられない俺は、役立たずなのではないか。


俺なりに考えて、相手のこと考えて、一生懸命行動して……

それが報われたことなんて、今まであったか?


最近ゼミのやつにそう言われて、ハッとした。周りを見ると、うんうんと頷いていて、俺は、みんなにそんなふうに思われていたって初めて知ったのだ。

『お前の思いやりって意味がない』

そう言われた気がした。今までの自分を完全否定されたように感じた。

そんな思いがずっと心の中を占領していて、言葉がつかえて出てこないのだ。


それでも、やっぱり、誠也君の泣き腫らした顔がちらつく……


俺の根本は変わらない。

変わらないんだけど、役に立たないらしい……


「頼まれたわけじゃないし、逆にこんな奴が手伝ったら迷惑かな……」


それでも、やっぱり、誠也君の猫を探したい!


縁の下や、駐車中の車の下、ふかふかした土のある庭先など、キョロキョロしながら歩いていると、バイト前に立ち寄った「ねこのへや」もこの近所だよな?と、ふと思った。


「誠也君の家から近いから、あの辺にもきたかもしれないな。拾ったという公園も近いし。」


もしかしたら、店主が見かけたり、この店に立ち寄ったりしたかもしれない。



でも………



それは、一年ちょっと前のことである



「ねこのへや」に行き始めた頃のこと……



「ここに、猫がいないのに、「ねこのへや」って何でですか?本当は、どこかに猫がいるんですよね?」

店主は、ニコニコ笑っているだけだった。

「俺、絶対、猫見つけてみせますから!」

と、店主にくってかかったことを思い出していた。


それから、本を買うがてら、いや、どっちかというと、こっちがメインだな。

猫を探しながら、気になった本を一冊買って帰る、ことが習慣になっていた。


本を買っているし、あれから言ったこともないし、きっと『猫を探してやる』って言ったことを、店主はもう覚えていないと思っていたが、もしかしたら、どこかにいるんじゃないかと、常々猫を探していたことを、店主には見透かされているかもしれない気がしていた。


そんな俺が、

「猫を探しているんです。」

と、店主に言ったら、

「ああ、うちのお店の?」

なんて返事が来て、また笑顔で相手にされないかもしれない。



日頃の行いを恨む。

バカな俺。


でも、店主は、「ねこのへや」と、お店に名付けるくらいだから、猫が好きなんだろう。その近所で猫がいなくなったと伝えれば、情報が得られるかもしれない。もしかしたら、協力してくれるかもしれない。


それに……


さっき、バイトの前に立ち寄った時のことを思い出していた。

1人で探していたときは、何にも見えていなかった。

でも、店主が導いてくれた先に、猫がいっぱいいた。

助けてもらえば、人に聞けば、何かが変わるのかもしれない。

1人で分からないのに、がむしゃらにやって、いつもうまくいかないのならば、人を頼ることも必要なんじゃないか?


ゴクリと唾を飲み込む。

グッと手に力が入る。


俺は、走り出していた。




カランカラン


ドアベルが、店内に鳴り響いた。


「いらっしゃい。」

店主は、店の奥でいつも通り年季の入った革のソファーに腰をかけていた。

今日は、珍しい。また、店主から声をかけてくれた。

俺は、伝えなきゃ、聞かなきゃ、早く、というプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、大きな声で叫んでいた。

「猫を探しているんです!でも見つけられなくて!1人ではどうして良いか分からなくて!」

息を切らして店主を見つめる。


果たして、店主は、俺の言うことを信じてくれるだろうか?


店主は、いつも通り穏やかな雰囲気で、俺を見ていた。

俺が、これから紡ぐ言葉を待っていてくれているかのように。


店主は、ゆっくりと立ち上がり、俺の方に歩いてくる。

「猫が迷子なのかい?」

そして、真剣な面持ちで俺の言葉を聞いてくれた。


もう一度、拳に力を込めると、気合を入れた。

「はい。あ、あの、この辺りで、グレーのハチワレの子猫を見かけませんでしたか?」



ああ、伝わった。

伝えられた。

じわっと涙が出た。


いつも、この店のいるかいないか分からない猫を探索する目的で来ていた俺が、猫を探していますって言って、信じてもらえるか、本当に不安でいっぱいだったのだ。


店主は、ゆっくりと横に首を振ると、

「いつ?」

逃げた日を訪ねてくれた。


「昨日の夜だそうです。この近くの家で。俺が家庭教師をやっているお宅の猫で。先週拾ったばかりだと言っていました。」


俺は、さっき誠也君に聞いたばかりの情報を、店主に全部話していた。俺の話が終わると、さっき案内してくれた猫の日特集のコーナーへと歩いて行った。俺も続く。

猫の日特集コーナーの本棚の前に立つと、すっと一冊本を手に取り、俺に手渡した。

「それなら、この本を読んでみるといいと思うよ。」

「本ですか?」

手渡された本の題名は、『猫』だった。

「うん。人間が思うところと、猫が行きたいところは違うと思うんだ。だから、猫の気持ちになれば、少しはいる場所に近づけるかもしれない。」

「猫の気持ち……?」

「そう。猫の気持ち。あとは、まだ猫の日特集をやっているから、その棚で、君がこれ!と思う本を見つけるといい。君ならできるよ。『猫探偵君』」

最後の言葉に、かあーと顔が熱くなるのを感じた。

「……やっぱり、覚えて?」

恥ずかしさのあまり、真っ赤な顔をする俺に、にこりと笑って、

「何か他に手伝えることがあったら言ってください。迷子猫のポスターを貼るのも構いませんよ。」

そう言うと、また、お気に入りの椅子に座り本をひろげた。


うう。やっぱり覚えていたのか。でも、覚えていてくれたことが、恥ずかしくもあり嬉しくもあった。

「さてと。」

俺は、今店主から手渡された本を開いた。

表紙を開くと、

『僕の猫が迷子になっちゃったんだ!』

というセリフから始まっていた。

「え?今の状況そのままじゃないか?」

ちらっと店主をみる。店主は相変わらず、くま柄のブックカバーをつけた本に目を落としていた。

『そうだ。いつも食べているご飯とお水を持って探しに行こう!だって、見つけた時に、お腹ぺこぺこじゃ可哀想だもん。名前を呼んだら出てきてくれるかもしれない。』

絵本の中の少年は、カバンにご飯と水を入れた入れ物を詰め込んでいた。

「いつも食べているご飯があるといいのか。あとは、名前を呼びながら探すっと。」

どうして良いか分からなかったことが、言葉で具体化されていく。


まだ、家に来て一週間くらいなら、決まったご飯もないだろう。なんでも良いからキャットフードを買ってくればいいか?

それから…



猫を探すために必要なことをどんどん考えていくうちに、また、嫌な記憶が脳裏をよぎった。



さっき、誠也君の家を後にする時、レポートが溜まっているから猫を探す時間がないとか、猫を探せない言い訳ばかり考えて、

「見つかると良いね。」

とだけ、誠也君に伝えて、家を後にしたのだ。


でも、泣き腫らした誠也君が気になった。

でも、迷子の子猫が気になった。


誠也君の家を出たその足で、こんなにも一生懸命猫を探そうとしている。

どうせ探すんだから、言えば良いのに。

でも、恩着せがましくないか?俺にそこまで求めていないんじゃないか?そもそも役に立たないくせにでしゃばって嫌な思いをさせるかも、などなど色々考えすぎて、言えない。


結局は、一人で考えて、一人で行動して、結果うまく行ったことだけ伝えてきた。


そうしたら、周りから、

「何もしないよな。」

「困ってても、あいつ何にもしてくれないから。」

ただ、言っていないだけで、実はめちゃくちゃ考えて一生懸命何とかならないかやっているんだけど、相手には伝わらない。


今も、そうだ。

俺が、必死に猫を探していることを、誠也君は知らない。


俺の努力は誰も見ていない…


ふと、視線を上げると、あの見開きの本の挿絵が目に入った。


「ブランコ?」


いつも見開きで飾られている売り物ではない本は、ブランコの挿絵になっていた。


夕方で、子供が帰った後なのだろうか。

夕焼け空に、ポツンとブランコが描かれている。


「……」


その絵を見つめていたら、不意に小さい頃の思い出が蘇ってきた。



「晃!靴投げしよう!」

「いいよ!今日は遼平に負けないぞ!」

俺と晃は、幼馴染だった。

今日もクラスメイト数人と一緒に、近所の公園で遊んでいた。

晃と俺は、ブランコまで走って行って飛び乗った。

「晃、遠くまで靴飛ばした方が勝ちだからな!」

「負けないぞ!!」

めちゃくちゃ一生懸命、ブランコを漕いでいる。


「おい!お前らここから出ていけ!今からこの公園は、俺さまの公園だ!」

そこへ、隣町のガキ大将が、仲間を引き連れてやってきてそう言ったのだ。

「何言ってるんだよ!」

晃が、そういうと、

「生意気だな、お前!」

ガキ大将の仲間の一人が、晃からおもちゃを取り上げると、思い切り遠くに投げたのだ。

おもちゃは、雑草の生い茂った空き地に落ちて見えなくなった。

「何するんだよ!」

晃は、そのおもちゃを追って、走って行った。

みんな怖くて動けなかった。俺も例外ではない。

晃が、草をかき分ける音だけが聞こえる。

ガキ大将たちは、その姿を見て、面白そうに笑うと、どこかへ行ってしまった。


みんなはバツが悪そうに晃を見たが、

「反発するからだ。」

「帰ろうぜ。」

口々にそう言って、帰ってしまった。

また、ガキ大将たちが戻ってきたらと思うと怖かったのかもしれない。


俺はというと、「なんで助けてくれなかったの?」と言われるのが怖くて、晃のところへ行くのに足がすくんで動けなかった。でも、このまま晃を一人置いていくこともできなかった。


俺は、一人公園の真ん中に暗くなるまで立っていた。


すると、晃がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。

見つからなかったのだろう。手には何も持っていない。

晃のうちは、とても厳しい家だったから、門限の時間になって仕方なく雑草の中からでてきたようだった。

何もせずにただ立っている俺を横目で睨みつけると、そのまま公園から出て行ってしまった。



俺は……



次の日、学校で、晃を見つけた。

声をかける前に、昨日先に帰った奴らが、晃と俺の間に割り込んで、

「昨日は、先に帰っちゃってごめん。」

と、謝ったのだ。

「いいよ。謝ってくれてありがとう。それに、今日の朝、学校に行こうと思ったら、玄関におもちゃが置いてあったんだ。」

「え!?誰が?」

「分からない。でも、だからもう良いよ。」

「よかった。昨日テレビ見た?」

もう、楽しそうに話している。

「あの…」

俺が、話しかけようと口を開くと、晃から、昨日俺の横を通り過ぎた時のあの軽蔑するような目を向けられて、次の言葉が出てこなかった。



あのあと……


晃が、公園を去った後、俺は、雑草を掻き分け、おもちゃを探した。

もう真っ暗で、よく見えなかったけれど、落ちた場所をよく見ていたおかげで、なんとか見つけることができた。

晃のうちは厳しいから、この時間に家を訪ねると怖いのだ。でも、早くおもちゃを届けたい。

だから、晃のうちに行ってチャイムを何度も押した。でも誰も出てこなかった。仕方なく、玄関の外に見つけたおもちゃを置いて、急いで家に帰った。

明日、見つけたことを伝えて謝ればいいと思った。


それは、思っただけで終わった。

謝れなかったし、見つけたのは俺だって伝えられなかった。


あの時、一緒に探していい?って言えばよかった。

何も口から言葉が出てこなくても、なんで助けてくれなかったの?と責められても、雑草を掻き分けて、晃のところへ行けばよかった。

あの日、公園を去る晃に、「ごめん、助けられなくて。」って伝えればよかった。


伝えていれば、違ったかもしれない。


行かなきゃ!

晃に伝えなきゃ!

このままじゃ嫌だ!

「晃!!」


そう思って一歩踏み出すと、

「あ、あれ?」


いつの間にか、そこは古本屋だった。

目の前には、店主が立っていた。

「その本、お買い上げですか?」

「は、はい!」

俺の手には、『猫』『保護猫たち』『猫を探しに』が握られていた。


100円玉三枚と三冊の本を交換する。

「行ってきます!!」


ふわっと笑った店主の顔が見えた。


カランカラン

ドアベルを勢いよく鳴らし、店を後にした。


「…行けましたか。」

ドアが閉まる瞬間、嬉しそうな店主の声が、背中越しに聞こえた気がした。




俺は、店を出ると、ポケットから携帯電話を取り出した。

「もしもし?誠也君?」

「先生どうしたの?忘れ物?」

「今から誠也君の家に行っても良いかな?俺も、50世を探すの手伝いたいんだ。いや、探したいんだ。今から行くからよろしく!」

そういうと、電話を切り、さっき買った三冊の本をぎゅっと握りしめる。


俺は、誠也君の家へと再び走り出した。

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古本屋「ねこのへや」 雲母あお @unmoao

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