さとりの少女 ~人の心が読める少女の、秘めた想いを

大橋東紀

さとりの少女 ~人の心が読める少女の、秘めた想いを

 私にはレイカしかいない。

 幼稚園からの幼馴染。今も同級生で、高校の生徒会役員同士。

 レイカは生徒会長で人気者。学園の太陽と言った所だ。

 私はその反射で輝く月……ならまだしも。誰にも発見されていない星屑でしかない。


「ねぇカナ、運動部の予算はこれでいいかな?」


 レイカが確認してきたので、私の意識は会議に戻った。


「いいんじゃないかな。サッカー部も柔道部も文句ないと思うよ」

「わ、助かる。カナが言うなら間違いないよね」


 レイカは何でも私に聞く。私の役職は書記だが、実質、カナの確認相手だ。

 私は意識を集中し、会議出席者の心をスクリーニングした。

 皆、おおむね好意的だ。レイカと私の決定に。

 ただ一人、軽く不満を抱いてる子がいた。


「ねぇレイカ、やっぱり会計の確認は取った方がいいんじゃない?」

「そうだね、山下さんコレでいい?」


 レイカに笑顔を向けられた会計の山下さんは「問題ないです」と、はにかんだ笑顔で言った。

 彼女が抱いていた私への不満が消え、むしろレイカに言葉をかける様に促した事への感謝の念が感じ取れた。


 私は他人の考えが読める。


 よく小説や映画では、漫画のセリフみたいに一字一句、他人の考えを読んでいるが、人間はそんなに明確に、物事を考えていない。


 私が感じ取るのは。喜びや悲しみ、怒りといった、わかりやすい感情の塊だ。私はそれを「圧」と呼んでいる。


 学園の人気者レイカの一番近くにいる私は、いつも皆からの「圧」を感じて生きている。

 会議が終わり、確認事項に追われながら。レイカは私に声をかけた。


「ねぇカナ、今日もウチでゴハン食べてくでしょ?」


 私は頷いた。レイカはいつも、私が望んでいる事しか言わない。考えを読む必要がない。


 だから私は、レイカが好きだ。

 人気者のレイカは、いつも友達に囲まれて下校する。

 私は不自然にならない距離を取り、レイカが「ねぇカナ」「カナはどう思う?」と振ってきた時だけ会話に参加する。


 そして念のために、皆の心を読む。

 レイカに悪意を向けている者がいないか調べるためだ。


 学園の人気者であるレイカを妬んで、学校裏サイトや裏LINEで晒し者にしようとする者がいないかを。仮にいたら……私は、そいつを消去しなければならない。


 その作業は、いつもムダに終わる。皆、レイカが大好きなのだ。

 今日もそんな感じで、街外れにあるレイカの家……。古き良き、昭和の香りを残す大衆食堂で、晩ご飯をご馳走になっていたのだが。


「紙のラヴレターって、LINEでの告白よりドラマチックじゃない?」


 オムライスを食べながら、レイカが不意に言ったので、私は喉を詰まらせる所だった。

 水を飲み、平静を装いなが答える。


「貰ったの? 書くの?」

「おや、カナさん気になりますか?」

「いいぇ。あなたがモテるのを気にしてたら、キリがないもの」


 半分本当だ。人気者のレイカは、しょっちゅう誰かから告白されていた。


「そういうの、よくわかんないから。ゴメンね」と、さりげなく断るのが常となっている。


 だからラヴレターも、「貰った」のなら心配ない。心配なのは、その逆だ。

 彼女の心を読もうとして躊躇う。

 そんな事をしなくてもいいのが、私とレイカの関係。


「カナといる時だけ、気が休まるよー」と言ってくれる、レイカとの関係。


 レイカの心だけは、私から積極的に読んじゃダメだ……。

 結局、レイカが話題をネット配信の海外ドラマに移したので、ラヴレターの話はそれっきりになった。


 帰宅した私は、自室にこもり、制服のままベッドに身体を投げ出した。


 私の、この能力は一体何なのだろう。父にも母にも、そして弟にも、この能力はない様だ。

 自分の能力について調べるうち、私は一体の妖怪を知った。

 「さとり」と呼ばれる、その妖怪の伝承は、全国各地に残っている。

 姿は地方によって、毛むくじゃらの獣だったり、一本足だったり、一つ目だったり、美女だったりと様々だが、能力は共通している。


 「さとり」は、人の心が読めるのだ。


 その物語は、こんな感じだ。

 狩人でも、炭焼きでも、農民でも。

 男が一人、山中で焚き火にあたっていると、さとりが現れる。


 男が怖がると、さとりは「お前は今,、俺を怖いと思ったな」という。

 男が「こいつが噂に聞いた、さとりか」と思うと、さとりは「お前は今、俺の事を、さとりだと思ったな」と、また当てる。


 そんな事を繰り返しながら、さとりは隙を見て、男を食おうとするが。

 焚き木が弾けたり、男の持っていた民芸品の棒が、しなった反動で飛んだりして、偶然、さとりの顔を直撃する。


 さとりは「恐ろしい。人間は考えていない事をする」と言って、山の中に逃げ帰ってしまうのだ。

 私は、さとりなのだろうか。


 さとりは予期しない偶然で、痛い目を見た。

 私にも、いつか、「予期しない偶然」が来るのだろうか。


 今まで平穏な日々を送っていたのに。

 ここ数日、大勢の不快な圧で、私の頭は砕けそうだった。


 学園のアイドル、レイカが他校の生徒とつきあっている。しかもエリート進学校の成績ナンバーワン男子。

 そのスキャンダルは彼女の一番近くにいる私に、好奇心という圧になって押し寄せた。


 さらに私を不安にしたのは。

 「今日は生徒会もないし一緒に帰ろう」と誘った時に、レイカから感じた圧だった。

 

 「あは、今日は寄る所があるんだ。ゴメン」


 笑顔と裏腹に、物凄い圧を感じた。

 拒絶。私に絶対、ついてきて欲しくないという思い。こんな圧を、今までレイカから感じた事はなかった。


 私より、会いたい人がいるの? まさか最近話題になっている〝彼〟?

 私は一度、帰ったふりをして、校門横の電柱の陰に隠れ、レイカの後をつける。

 電車に乗ったレイカは、数駅、離れた街へ降り立ち。スターバックスに入ると、他校の制服を来た男子に声をかけた。


 通りの反対側から。学園ドラマの一幕の様な、美男美女の会話をガラス越しに見て、私は思った。

 レイカに、私より必要とする人が出来た……。

 〝彼〟と話しながら、楽しそうに笑うレイカの笑顔が、涙で滲む。


 こんなところまで来て、私、何やってるんだろう。

 自分が惨めになり、帰ろうとした時。

 私はつい、習慣で〝彼〟の心を、読んでしまった。



「あ、潮﨑高校OBの河原さんですか? 私、二十五期生の蓬莱レイカと申します」


 数日後。お昼休みの渡り廊下で、スマホで電話していたレイカに、通話が終わるや否や、私は言った。


「あの人とは別れて」

「カナ? 何を言ってるの?」

「隣町の進学校のあいつ。あんな男と付き合わないで」


 あれから数日にわたり、放課後、私はあの男を探し出し、尾行した。学校はわかっているので、比較的、容易な作業だった。


 彼は、見た目の様な善良な男ではない。


 あの男の内面は恐ろしかった。

 男子が女子に邪な思いを抱くのは普通だから、私は滅多な事では驚かない。

 でもレイカの彼からは、物凄くドス黒い、邪悪な思念を感じた。


 彼は女の子に、恐ろしい事を何度もしている。しかも良くない仲間たちと組んで。

 彼が数人の仲間たちと落ちあい、ファミレスで何やら密談をしている時。隣のボックスにいた私は、押し寄せて来る彼らのドス黒い「圧」で、気分が悪くなった。


 更に恐ろしい事に……。奴らは今回、レイカを標的にしている。

 レイカをアイツから引き離さなきゃ、ダメだ。


 ギュッ、とレイカの両手を握り、私は必死で訴えた。


「あの男はダメだよ。レイカ、酷い目にあうよ」

「どうしたのカナ? なんでそんな事を言うの」


 私はグッ、と息を飲んだ。

 あいつの心を読んだなんて、言えない。


「噂で聞いたんだよ。あいつ、女の子に酷い事をしてるって、ひっ!」


 レイカから物凄い拒絶を感じ、私は思わず黙った。

 一瞬の沈黙の後、笑顔でレイカは言った。


「やだなぁカナ。その冗談、笑えないよ。あっ、山下くぅん! 柔道部に話があるんだ」


 私の手を振りほどくと。レイカは通りかかった男子生徒を追って、小走りで行ってしまった。

 その後ろ姿を見ながら、私は思った。


 私が殺るしかない。

 レイカを守る為に。


 小学二年の時だった。


「おんなのこをいじめるなんて、よくないよ!」


 大人しく、すぐ泣く私を面白がって、いじめる男子に。同じクラスだったレイカが、そう言ってくれたのだ。


 いつもハキハキ物を言うレイカは、口ゲンカでは男子にも負けた事が無かった。

 だがその日は違った。

 男子の一人が、レイカに言ったのだ。


「お前、みんなに嫌われてるぞ」


 他人に嫌われている。そんな事、想像した事もなかったのだろう。

 レイカは動揺し、震える声で言い返した。


「うそ。そんなのうそだもん!」

「うそじゃねーよ。お前、なんでも自分で決めるから、みんな本当はきらってるぞ」

「なかよくするふりして、ほんとは悪口言ってんだぞ」

「うそだもん……うそだもん……」


 私は驚いた。

 いつも強気で明るいレイカから。ものすごい「悲しみ」という圧が押し寄せてきたかと思うと。

 次の瞬間、レイカはわぁわぁ泣きだした。 


 それは私にとって、二つの初めてだった。

 明るくて強いレイカが泣くのを、初めて見た瞬間。

 そして私が他人の心を、初めて読んだ瞬間。


 いや、三つだ。


 内気な私が、初めて誰かに立ち向かった瞬間。

 男子を殴り、蹴り、引っかき、噛みつく私を見て、レイカは泣き止み、唖然とした。

 騒ぎを聞いた先生が駆け付け、男子と私はみっちりお説教され。その日から、私とレイカの絆はより深まった。

 あの時の様に、レイカを守るしかない。



 人を殺したら、何年、刑務所に行くのかな。私は未成年だから少年院か。

 就職や結婚、もうダメかな。

 そんな事を考えながら、雑踏の中に私は立っていた。

  

 土曜日の午後。人の行きかうショッピングモール。デートの待ち合わせに最適な時計台の下に彼はいた。

  

 レイカは今日、あの男と遊ぶ約束をしている。合流した彼は、理由をつけて仲間たちを呼ぶ。

 隙を見て、薬の入ったドリンクを飲ませ、レイカを酩酊させる。

 

 そのまま仲間の車で部屋に運び、いかがわしい事をし、その様子を動画に撮影して脅す。

 彼らは、それを何回も、何人もの女の子にしている。

  

 こっそり何度も後をつけた。時には彼だけでなく仲間の心をも読みながら、ドス黒い思念をまとめた私が行きついた、おぞましい結論。

 レイカを守る為に。。私が、こいつを殺さなきゃ!


 バッグに隠している包丁を握りしめ、彼に歩み寄ろうとした、その時。


「カナは、笑っていて」


 不意に後から囁かれ、私は心臓が飛び出しそうな位、驚いた。


「レイカ!」

「大丈夫だよ、カナ。大丈夫」


 レイカが、いつの間にか後ろに立っていた。


「お願いレイカ、私を信じて!」

「信じてるよ。だからカナも、私を信じて」


 そう言うとレイカはポン、と私の肩を叩き、そのまま彼の元に歩いて行った。

 私は、いつもの圧とは違う感情に飲み込まれ。その場から動けなかった。


 カラオケボックスに連れ込まれたレイカは、薬の入ったドリンクを飲むふりをして、ポーチに隠したポリ袋に捨てた。


 酩酊した振りをして、スマホのリダイヤルで、話をつけておいた刑事にかけ、繋ぎっぱなしにした。


 警察はスマホのGPSを元に、すでに配置についており、男たちがレイカを連れ込んだ直後、あっさり踏み込んだ。


 ポリ袋には、違法な薬品が証拠として入っていた上に、部屋にあったパソコンからは、被害にあった女の子たちの動画が沢山、押収された。


「まさかレイカが、被害にあった子から相談を受けてたなんて」

「ごめんね。敵を欺くには、まず味方から、ってね」

「それで犯人に近づいたのね……。危ないマネはもうしないで」


 数日後。生徒会室でむくれたふりをしながら、私は安心した。

 レイカの強い拒絶は、私を危険に巻き込みたくないからだったんだ。


「警察は証拠が無いと動けないんだって。ウチのOBに警察の偉い人がいたから、私が証拠になります、って電話して」

「警察が間に合わなかったら、どうするつもりだったのよ!」

「その時は、タクシーで後をつけてもらってた、柔道部員に助けてもらう計画だったの。あ、柔道部の予算を上げなきゃ。何回か、ムダ足踏ませちゃったんだ」


 レイカはデートのたびに、ボディガードとして柔道部員に尾行させていたらしい。学園のアイドルの役に立てるから、彼らは喜んでいたそうだが。


「でも大変だったよ。いつ仕掛けて来るかわからなかったし。今回も空振りになるかと思った」


 レイカは いたずらっぽく笑うと言った。


「他人の心が読めれば、こんな苦労はしないのにね」

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