第6話  再就職はどんなとこ?

 入社日前日、研修の為、私は夜行バスに乗っていた。歳を取っても期待と不安の感覚は変わらない。


 

これまでの出来事を思い出していた。ふざけ過ぎた学生時代、生意気で年寄りをバカにしていた二十代、そして結婚、子供が出来た。



 自分なりに人並みの失敗と経験をして乗り越えながらここまできていると思っていた。


 でも自分の為の生き方から抜け出せない自分がいる事も最近になってようやく分かるようになってきた。これからどんなことがあるのだろう。



 最近、自分の事以外で気になっている事があった。

 

バスに揺られながら末期がんで入退院を繰り替えしている後輩の事を考えていた。


 私の就職先が決まった事を、メールで報告したら喜んでくれた。


 このところ調子が良くないらしい。研修は一カ月間で顔が出せないのが気がかりだった。何か出来る事はないだろうか?時間のある東京行きの夜行バスに揺られながら考えた。


 そうだ。音楽を贈ろう。スマホを手にして


 『ミュージックギフト やり方 』で検索をかける。


 仕事が辛かった2年間でとっておきの出会いは


 『フラワーカンパニーズ』最初は『深夜高速』『感情七号線』くらいしか知らなかったが、ふとしたきっかけで掘り下げて聞くようになった。


『エンドロール』『東京タワー』『消えぞこない』その他、元気になる曲が沢山思い浮かぶ。どれにしよう。


どの曲が一番いいかな?



『最後にはなにとかなるだろう』これだ!


願いと祈りを乗せて、お前と俺はそれぞれ違う場所にいても回復を信じている思いは同じだ。共に生きているだけで元気になる。



 届けミュージックギフト。



 ほとんど寝られなかった夜行バスが東京駅前に着いた。あと数日で一二月になろうとしている朝はまだ夜明け前、朝靄が漂っていた。寝不足の目に静かに佇む東京駅は幻想的で空気も澄んでおり絵画の中に入ったようだった。


 荷物の重たさで我に返る。よっしゃ!今日からまた、がんばるか。


 

 田舎者代表は日本のど真ん中から千葉市千城台目指して進むことにした。

 指定到着時間は十一時、自分で決めた工程だと千葉駅で朝食を取って近くのマンガ喫茶で二時間くらい仮眠出来るはずだ。


今はスマホのおかげで迷子になる事が本当に少なくなった。


グーグルマップでナビってもらい総武線の黄色い電車に誘導されてゆく。


 千葉駅に着く頃には七時を回り人が増えてきた。駅からすぐ近くの牛丼屋に入り朝定食を頼む。人生はいつも時間との闘い、睡魔との付き合いだ。空腹が満たされてどっと眠気が襲い掛かってきた。


 店を出るとにわか雨が降って来た。重い大きな荷物を担ぎ調べていたマンガ喫茶に向かう。走ること三分。入口に惑わされながら、ようやくそれらしい看板を発見した。


『やっと休める…』扉を開けると。


 中からタバコの匂いと換気不十分の淀んだ空気が体に押し寄せてきた。耐えられないほどではないがかなり気になる。


支障をきたす寸前程度のレベル。


ほかを探す気力も時間もない。


 『人は慣れる。』言葉を心に言い聞かせてフロントに向かった。


 個室に入るとやはり狭い、体を伸ばすと足が伸ばしきれないくらいだ。とにかく重い荷物を邪魔にならない場所に置いて寝床を確保する。ふと目の前を見ると室内芳香剤が用意されている事に気が付いた。


 このアイテムによって空間が一気に心地のいいものになった。

 

 しばしの休息をとる。


 二時間程度の仮眠は思いのほか体を回復してくれた。朝降っていたにわか雨は、まだ少し残っていたが光の先には青空が輝いているのが見え元気が湧いてきた。

 引き続き、初めての道もスマホナビが行先を示してくれた。こんな風に自分のすべき事を失敗が無いようにガイドしてくれたらどんなに楽な事だろう。会社に電話して約束の時間に到着できることを告げ、千葉駅からモノレールに乗り揺られること三十分、最寄りの千城台駅に着いた。


 駅から出るとハイエースの車が一台止まっていた。大荷物を持っていたので分かったのだろう。中からチョコボールのような体系の四十代後半くらいの男の人が声をかけてくれた。『お疲れさん。よろしくー』  


 『山本部長さんですか。  阿部 四郎です。よろしくお願いします。』

 車に乗りながら固くない話を投げ掛けられながら、私は少し緊張しながら答えていった。


 どこを走っているのだろう数分走り、今日からお世話になる社宅に荷物を置いて、仕事に必要なもの買いながら会社の重要拠点のあるエリアに到着した。


 小さなパチンコ屋だったと思うような少し変わった装飾の入口。


 建物の中に入ると中古のパソコンやら鍋、トレーニングマシンと多様な分野の物たちがスペースを埋めていた。

 オフィスフロアーに通され、まずは社長に挨拶するように促された。


社長室に入ると白い大きな犬がいた。大人しい動物に緊張感を和らげる効果がある事を知っていたが実体験で理解できた。


言葉少なに挨拶をすると

『これからの研修、頑張って!』圧倒的な存在感とハッキリとした短い言葉でこれからのやる気を貰ったような気がした。


 その後、昼食を摂りながら前職の事を思い出していた。会社によって雰囲気はまるで違う。仕事のスピードについて行けず、理解が行かないままに朝起きて体を引きずり労働して疲れ、夜遅くに家に帰り明日は何とかなると信じてそれを只々繰り返した二年半。その記憶から離れられるだけでも幸せだった。


 今度は先ほど挨拶した社長に気持ちがいった。社長は名古屋から会社を大きくさせようとトラック一台で東京進出を心に決めて仕事を取りながら、今では日本全国に拠点を増やして約百人の組織を十数年でここまでにしたという。どっしりとした感じが安心でき、少し荒い感じの突進力が私には魅力的に見えた。 



 ここにいるオフィスのスタッフは主にネット販売部門でオークションサイトを利用しながら品物を管理しているらしい。


 わからない事をスタッフに聞いたりすると一言一言に丁寧さとどことない柔らかさを感じた。自身の持っていた不安が薄れていく感覚があった。千葉県という土地柄のようなものがあるのかもしれない。昼食を終えると山本部長から会社の心臓部の大倉庫に行って片付けをするよう命じられた。


 大倉庫は今いるこのオフィスから車で30分弱のところにあるという。大原さんというスタッフを紹介され、トラックに同乗してそこに向かった。

 車では、会社の仕事の話や私がこれから配属となる営業所の話を明るく話してくれた。会社スタッフはみんな中途採用の人がほとんどで5年以上いる人は古株に入るという。入社する人も多いが辞める人も多いらしい。それと私のように研修に来る新入社員も多く、受け入れ体制は十分だといわれた。


話が変わりこれから行く倉庫の話になった。この前の千葉の台風豪雨災害で倉庫全体が1.5mくらい浸水し、元通りにするには後一カ月くらい掛かりそうだという。


 そんな話をしていると幹線道路から山道に入り下り始めたと思うと奥の方に大きな倉庫が見えてきた。


 見渡すと三方向が傾斜地に囲まれ窪地に建っているのが分かった。到着すると大原さんと別れる事になり、私は工場長に引き継がれた。


 ちょうど休憩するというのですぐに五名ほどのスタッフを紹介され挨拶を交わした。みんなゆったりしていてどこか心地よく、仕事恐怖症、対人恐怖症になっていた心をここでも挨拶とほんの少しの落ち着いた会話だけで癒されていくのが分かった。


 倉庫の中を目にするとバスケットボールコート四面はとれるだろうか?広い空間のいたるところに泥がついている。


どこかで見た光景と似ていた。


東日本大震災、津波。



私が被災した時は津波被害にあった場所からは離れており、その恐怖を体験した訳ではない。津波の被災地の片付けに行った時とほぼ同じだと思った。物は随分と片付いているようだったが、痕跡が残っていた。

 

まず私の口から出た言葉は


『皆さん無事だったんですか?』


『あー、大丈夫だったよ。車三台水没しちゃったけどね。』

『それとこのありさま…。』



 水害前は倉庫が一杯でパンク寸前だった為、物の出し入れが物凄く大変だったという。泥の跡から私の胸の高さくらいまで来ているのが理解できた。


 『そうですか。大変だったんですね。』仕事での原状回復作業だが、そういう事にやる気を感じる自分がいた。


 改めて中の物を見ていると業務用の厨房機器や大型のエアコン、見た目だけで重たそうな機械、何に使うか良くわからない物、移動カラオケBOXなど処分したとはいえまだまだ沢山残っていた。


 休憩が終わり工場長より物品の移動や重量物をクレーンで吊って移動する仕事の補助作業などを行った。

 仕事運びはせかせかした様子もなく、前職での殺伐とした感じは無かった。適度に体を使い。協力して物事を進めていく。


 少しやれるかも知れない。まだ、淡い期待だが工場長をはじめその他のメンバーが緩やかにそして力を入れ過ぎず働いている姿が新鮮で『こういう働き方もいいなぁ』と思った。



 夜六時、空もすっかり暗くなったところで作業は終了した。オフィスに戻り、入社にあたっての書類手続きがあるという事でトラックに乗せられて戻る事になった。


 運転してくれているスタッフと挨拶を交わすと質問してきた。

『阿部さん、前はどんな仕事してたんですか?』『内装関係の仕事でお店の家具やお店の内装空間を全部するような所にいたんだけど…仕事覚えられなくって、でも知り合いに紹介してもらって入っているので中々やめられなかったんだ。』

 『えーそうだったんですか?僕もここ入って二年になるんすけど、その前までやってた職場が同じ感じで結構辛くて…』なんて話をしながら、帰り道の三十分程の会話ですぐに仲良くなった。

 彼はスタッフを見る中で一番若いようだった。それにしても何だろう。女子社員とはまだ絡みがないけど男たちはとにかくフレンドリーで遊びながら仕事をしているような感じだ。そして割とみんな明るくて堅苦しい所が見当たらなかった。勢いのある会社とはそうゆうものなのだろうか。


 オフィスに着くと山本部長から会長に挨拶するように促され部屋に入るそこには小柄な女性。見た目は五十歳くらいか、『今日からお世話になります。阿部 四郎です。よろしくお願いします。』『アベさんよろしくおねがいします。』この声は、…面接が決まった時の電話の声の人だ。『書類モッテキテくれましたか?』やっぱり中国人の方だったんですね。『あっはい。』

 

書類のやり取りを終えるともう二十一時になろうとしていた。


社宅への交通手段のコンパクト自転車を預けられ住所と鍵をもらった。

帰り道、今日の長い一日を振り返りこれからの期待を感じた日だった。

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