ふわふわくんの本屋さん

壱単位

【短編】ふわふわくんの本屋さん


 「あれ、おじいちゃんは?」


 お客さん第一号にそういわれて、ぼくはなんだかおもしろくなかった。ぷうとむくれて、腰に手をあてた。


 「ご用事でおでかけ。きょうはぼくがマスターなの」


 真っ白い服をきた、ぼくよりちょっと年上の女の子は、驚いた顔をして、それからなんだか嬉しそうに笑った。


 「じゃあ、あたしがお店はいったときにいらっしゃいませを言わないとね、ふわふわくん」


 あっ。わすれた。


 「い、言おうと思ったけど、あなたが急に入ってきたから」


 「あたし走ってはいったつもり、ないけど」


 そういってまた、たくさん笑う。なんだよお。


 ぼくはこの女の子の名前を知っている。ぼくがおじいちゃんの横にいたとき、なんどか来てくれてたし、おじいちゃんから言付かってたから。


 仕事は、ちゃんとしないといけない。ぼくはいっかい咳払いをして、背筋をできるだけのばした。


 「はるのこさん、ご注文いただいていた本、入荷していますよ」


 はるのこさんは、また驚いたかおをした。


 「えっ……ほんとに」


 彼女がおどろいたのが嬉しくて、ぼくは思い切り胸をはった。


 「ええ。もちろん。おじいちゃ……ぼくが、いっしょうけんめい探して、ついにみつけたんです」


 お店の中を見渡せる、すこしたかいところにぼくは座っていて、すぐ横にご注文品の棚がある。そこから本を一冊とって、はるのこさんに手渡した。


 はるのこさんはしばらくその優しい色の表紙を眺めてから、ちょっとためらって、つぶやいた。


 「……どんなお話、なんだろう。主人公は……どんな子なのかな」


 ぼくはほんのちょっとだけ、その本のあらすじを教えてもらってたから、はるのこさんをちょいちょいと手招きして、耳のそばで、内緒でこっそり教えてあげた。


 でも、それは途中でおわっちゃった。はるのこさんの目から涙が落ちて、ぼくがびっくりして黙ってしまったからだ。


 はるのこさんは指で涙をぬぐいながら本を胸にぎゅっと抱きしめて、それからぼくに、ゆっくりあたまを下げた。


 「ありがとう……ふわふわくん。あとは、自分で読むね。素敵な本、ほんとにありがとう」


 「うん、気をつけてね。元気でね。しあわせにね」


 なんどもうなずいて、はるのこさんはお店をでていった。


 お店をでてすぐ、胸に抱えている本がひかりはじめて、はるのこさんを包んだ。彼女はちいさな光の珠になった。足元の雲に切れ目がはいった。下の世界は、まだ、夜みたいだ。


 切れ目をゆっくりくぐって、珠は、地上に降りていった。


 迷子にならないといいけど……でも、心配ないか。ぼくとおじいちゃんが一生懸命探した、とびきり最高のおはなしだもん。


 たとえ迷子になったって、世界のどこにいたって、きっとおかあさんとおとうさんが探し出してくれるよ。


 あなたのことをずっとまっていた、おかあさんと、おとうさんが。


 

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