裸がたくさん載っている同人誌を入手するため、内気な男子高生が本屋へ行った件

みすたぁ・ゆー

裸がたくさん載っている同人誌を入手するため、内気な男子高生が本屋へ行った件

 

 12月上旬のある日、高校から帰宅した俺が自室で何気なくスマホの画面を眺めていた時のことだった。SNSを通じて衝撃的な情報が舞い込んでくる。


 それは年末に都内某所で開催される同人誌即売会において、俺の趣味に直球ど真ん中な同人誌が頒布されるという告知。一緒に掲載されている表紙のデザインも、思わず唾をゴクリと飲み込んで見とれてしまうような美しさだ。


「ほ……欲しい……」


 まさに一目惚れだった。胸の鼓動が高鳴ったまま収まらない。呼吸もどんどん荒くなっていく。


 その後、制作しているサークルのサイトやカタログなどをチェックして作品のシチュエーションやコンセプトを知ると、ますます自分の趣味や願望と一致していることが判明。何としてでも手に入れたいという気持ちが爆発する。


 具体的に言うと、その同人誌は薄い本。裸のふたりが激しく絡み合い、お互いに荒い呼吸をしているシーンなどが描かれている。サンプル画像によると、特に汗などの液体の雫感はプロ並の表現力で見応えがある。


 そして別のシーンではなんと3人が同時に少し高い場所ステージに上がり、周囲で凝視しているお客さんたちに対して『あんなこと』や『こんなこと』を披露するという過激な場面も!



 はぁっ……はぁっ……想像しただけで興奮してきてしまった。



 でもここで俺はふと大事なことを思い出し、悶えながら部屋の中で転がりまくる。


「しまったぁっ! その時期は即売会に参加できないぃいいいいいぃーっ!」


 俺の両親は蕎麦屋を経営しており、年末は特に忙しい。そうなると俺も家業の手伝いバイトをしなければならないわけで、即売会に参加している暇はない。


 さらに俺が住んでいるのは長野県北部なので、もし東京へ行くことが許されたとしてもそれなりに交通費や滞在費がかかる。普段からファッションや彼女とのデート代、スマホゲームの廃課金などで小遣いやバイト代を使い切ってしまっている俺に金銭的な余裕があるはずもない。


 よって即売会に参加して手に入れるというのは、無理な話だったのだ。


 唯一の希望の光としては、その同人誌は書店委託の取り扱いがあるということ。しかもすでにネットから予約することが可能となっている。今ならまだ在庫が残っているし、同人誌1冊分くらいのカネならお年玉でなんとかなる。


 当然、俺は即座にその同人誌の予約ボタンをポチった。ただ、次に表示された画面――発送方法を選択する段階で俺の手は止まってしまう。


「ヤッベ……受け取りはどうしよう……」


 基本となっている受け取り方法は宅配便。もし俺が運送業者から荷物を受け取るところを両親に見られたら、おそらく中身を問い詰められるだろう。誤魔化しきれる自信はない。


 ――いや、それどころか自宅の1階が蕎麦屋になっているので、営業時間中なら運送業者はそちらに荷物を持ってくるはず。そうなると受け取るのは両親ということになり、ほぼ確実に中を見られてしまう。結果、俺は何を言われるか分からない。


 そう考えると、宅配便での受け取りはリスクが高すぎる。


 だからといってコンビニ受け取りや委託を取り扱っている本屋の店舗受け取りなんか、俺には絶対に無理だ。同人誌は趣味や趣向の塊で、それを手に取る姿を他人に見られるなんて恥ずかしくて耐えられない。


 なにより自分が内気な性格で人見知りで、誰かの前に出ると耳まで真っ赤になって挙動不審になってしまうのは誰よりも分かっている。だからバイトだって食器洗いや配膳、調理といった客の前に出ない仕事にしてもらっているというのに。


「くそっ、くそっ、くそぉおおおおおぉーっ!」


 俺は同人誌を手に入れられない悔しさと自分の不甲斐なさに感情が高ぶり、思わず叫びながら壁を力一杯に殴りつけた。そして納得のいかない想いで胸がいっぱいになる。


「今やデジタル化の時代なのに、なぜ同人誌は電子書籍化している作品が少ないんだっ? 電子書籍ならこんなにも苦悩しなくて済むものをっ! 確かに紙の本はコレクションとして保存しておきたいがっ、それはそれとして電子書籍版も発行してくれたっていいじゃないかっ! 不条理だっ、あんまりだぁーっ!!」


 今度は大粒の涙がボロボロと零れ出す。


 ――そんな時だった。不意に俺のスマホの着信音が部屋中に鳴り響く。


 ディスプレイの表示を見てみると、通話をしてきたのは友人の太田おおた九郎くろうのようだ。


 九郎は小学生時代からの友達で、現在も同じ高校に通っている。身長は180センチメートルを超え、柔道部で主力として活動していることもあってガッシリとした体格をしている。


 しかも趣味や趣向が俺と似通っているので、どんな話題でも盛り上がることが多い。性格は外向的で、内気な俺をいつも引っ張ってくれる。俺にとって誰よりも気心が知れている相手だった。


 すかさず俺は涙を拭き、スマホを手にとって通話に出る。幸いなことに、直前に大泣きしたおかげで精神は少しだけ落ち着きを取り戻せている。


「……九郎か、どうした?」


『おぉ、奔太ほんた。実はオレ、先週からバイトを始めたんだ。土曜と日曜だけだけどな。まだそれを伝えてなかったなぁって思い出してさ』


「そうなんだ。じゃ、冷やかしに行ってやるからバイト先を教えろよ」


『駅前にネットカフェやゲームセンターが入ってる雑居ビルがあるだろ? そこの地下1階の本屋だよ』


「あぁ、あそこか……」


 場所を聞いて俺はその景色がすぐに目に浮かんだ。


 駅の西口から徒歩1分、ウナギの寝床みたいに間口が狭くて奥行きが広いビルだ。築年数は少なくとも20年くらいありそうで、当然ながら外観には経年による汚れがこびりついている。内部もあちこちに傷みがあって、少しホコリ臭い。


 そして地上5階+地下1階のそれぞれに異なったテナントが入居している。


 そのうち、地下1階には主にマンガやラノベ、同人誌、キャラクターグッズなどを扱っている本屋が入っていて、市内の中高生や大きなお友だちはもちろん、周辺地域からも客が集まってきている。


 なんというか、この地域におけるマニアの拠点みたいな役割を持つ場所だった。




 …………。


 ……って、ちょっと待てよ? 確かあの店って……。


 俺は重大な事実を思い出し、興奮と驚きを理性でなんとか押さえ込みながら問いかける。


「おい、九郎! その本屋ってネット予約した同人誌の店舗受け取りサービスをやってたよなっ?」


『あぁ、やってるよ。それがどうした?』


「ふ……ふふふ……ふははははははっ! やはりそうか! 神は俺を見捨てなかった!」


『……お、おい、奔太。急に大笑いするなんて、変な電波でも受信したか?』


「九郎に頼みがある。実は――」


 俺はどうしても欲しい同人誌があることやそれをネット予約して店舗受け取りをしたいということなど、経緯を九郎に説明した。


 そして受け取りの際には九郎に対応してほしいということを伝える。


 店員が九郎なら俺もそんなに抵抗なく受け取りが出来る。それどころかやはり九郎とは趣味が合うのか、彼自身も俺が見つけた同人誌を欲しがり、すぐに予約を入れるという。


 こうして話は急転直下に解決の方向へと動いたのだった。


『奔太、その本が入荷したら連絡してやるよ。オレがシフトに入っている時間も一緒にな。ただ、土日は客が多いぞ。絶対に俺以外の誰かにも同人誌を手に取っている姿を見られてしまうはずだ。お前の性格だと店舗受け取りはハードルが高いんじゃないのか?』


「う……く……。そ、そこは勇気を絞り出してなんとかするさ……」


『おぉっ! 奔太も成長したな! よしっ、オレはお前が受け取りに来るのを楽しみに待ってるぞ!』


 その後、俺は目当ての同人誌を予約し、店舗受け取りの扱いで手続きを済ませたのだった。





 同人誌を予約してから数週間が経ち、商品が店舗に入荷したとのメッセージがスマホに届いた。もちろん、それとは別に九郎からも通話で連絡が入る。


 そして今日は土曜日で、受け取りに行く日。この日に九郎がバイトに入っているかは本人に何度も確認したし、『碓井うすい奔太』が注文した同人誌がちゃんと店舗に届いているかどうかも調べてもらって、間違いなく入荷しているとの返答をもらっている。


 ついに手に入るという喜びと興奮、それと同時にアウェイに乗り込まなければならないという緊張と不安で心は大きく乱れている。


 でももはや覚悟を決めて本屋へ『ブツ』を受け取りに行かなければならない。いつまでも先延ばしにするのは良くないし、それは本屋にも同人誌の作者さんにも迷惑がかかる。


 なにより受け取りに行かないままだと催促の電話が自宅にかかってくるかもしれない。さらに着払いの宅配便で送られてきてしまったら目も当てられない。


「――よしっ、出発するぞ!」


 俺はボサボサの無造作ヘアーにニット帽、チェックのシャツとクリーム色のズボン、紺色のマフラーとコート、太い黒縁の眼鏡にマスク、白のスニーカーという格好で自宅を出た。同人誌を入れるリュックも背負っている。


 当然、全てのアイテムが普段とはかけ離れたチョイスだ。これなら知り合いと出会ってもすぐには気付かれない。ただ、念には念を押して周囲を警戒しつつ、人通りの少ない道を選んで進んでいく。


 まだ早朝ということで、両親は部屋で未だ眠ったままのはず。しかも今のところ誰にも出会わずに進んでこられている。


「もしかして俺は忍者の才能でもあるんじゃないだろうか?」


 思わずニタリと口元を緩めながら、ブツブツと呟く。


 そして路地を進み、とうとう駅前通りへと到達する。あとはここを真っ直ぐ進めば本屋の入っている雑居ビルへ辿り着く。ただ、ここはどうしても通行人や観光客の姿があって、誰にも見られずに進むことは出来ない。


 もちろんここで引き返すわけにもいかないので、意を決して歩いていく。


 目の前に少しずつ迫る雑居ビル。すでに本屋の開店時間を過ぎているので、ビルの前まで行ったら自然な素振りで階段を降りればいい。



 残り10メートル、5メートル、1メートル――。



「っ!? ……っく……」


 俺はビルの前まで来たが、足の動きを止められなかった。その場所をスルーしてしまった。前方から歩いてきた同年代の女子が、こちらを見ていたような気がしたからだ。


 そんなの別に気にすることでもないし、こっちを見ているなんて自意識過剰にもほどがある。でも性格的にどうしても気になってしまうのだ。


 結局、俺は雑居ビルの前を10往復くらいしてしまった。こんな怪しい動きをしていると駅前交番の警察官に職務質問をされてしまうのではないかと内心ビクビクしていたが、幸いにも何事もなく階段を降りることに成功する。


「ついに着いた……」


 店内では同好の士たちが目を輝かせながら宝物を探していた。趣味や趣向の方向性は違えど、好きなものに対しては俺と同じように熱い気持ちを持つ仲間たちだ。


 …………。


 いやいや、だからといって俺はまだあそこまで高いレベルの域には達していない。こっそり同人誌を受け取り、素速く立ち去るくらいで精一杯だ。


 周囲には所狭しと様々な同人誌が並べられている。中には凝視しているのが照れくさくなるようなものもズラリと……。


 興味がないと言ったらウソになる。本当はじっくりと眺めていきたい。でもこの場にずっといるのは色々な意味で心の平穏が保てない。


 だから俺は雑念を振り払い、カウンターへと急いだ。するとそこに九郎の姿を発見する。


 その瞬間、わずかだが安心感を覚えてホッとした自分がいる。程なく九郎も俺の姿に気付き、ニタッと頬を緩める。


「いらっしゃいませ、お客様。ご予約の商品の受け取りでよろしいですね?」


「な、なぜ一目で俺だと分かった!?」


「今日、ここに来るって知ってたし、どんな格好をしてたって付き合いの長いオレには分かるさ」


「そ、そうか……。いやっ、今はそんなことはどうでもいい! 早く『ブツ』を! 誰にも見られないようにさっさと用意して、中身が見えない袋にでも入れて渡してくれ!」


 俺は首を左右に激しく動かしながら、周囲の様子を窺った。


 今ならカウンターに並んでいるヤツはほかに誰もいないし、みんな本を探すことに集中していてこちらへ注意が向いていない。こんなチャンスは二度とないかもしれない。どうしても焦る。


「はいはい、お客様。少々お待ちを。上半身が丸裸で、下半身も股間の辺りしか隠れていない人物が表紙の同人誌ですよね? ロングの黒髪をひとつにまとめていて――」


「バカッ! 口に出して説明するなよ! 周りにいる人たちに変な誤解をされたらどうするんだよ!」


「まぁまぁ。ここじゃ、誰も気にしないって。どんな内容の作品であってもな」


 九郎はカラカラと笑いながら背後の棚の中を探し始めた。そしてとうとう目的の同人誌が俺の前に姿を現す。


 どうしても欲しかった同人誌。それが手に入る。






 ――サークル『ドス恋部屋』の大相撲同人誌『平成の名勝負とレアな決まり手』。




 データとともに本文オールフルカラーの写真が満載の決定版だ。大相撲ファンの俺としては喉から手が出るほど欲しかった。


 ちなみに九郎は体捌きなどを柔道の参考にするために、この本の入手を決めたらしい。



 どんなものであってもファンがいる。同じ趣味や趣向を持つ者がいる。そしてその『好き』を形にした同人誌がある。だからこそこの世界は奥深い。



(おしまいっ♪)

 

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