第7話、幼い勇気と悪魔の契約

 それは、幼い頃の記憶きおく。まだ僕が小学校にがるより前の話……

 俺には当時、とても仲の良い親戚しんせきの子が居た。凍雲子安いてぐもしあん、俺と同い年の幼馴染の女の子だ。遠縁とおえんではあるものの、俺と子安はとても仲が良かった。

「ねえ、シドー。大人おとなになったら私と結婚けっこんしてよ……」

「うん、良いよ。大人になったら子安しあんと結婚するよ」

 そんな事を、冗談混じょうだんまじりに話す程になかが良かった。けど、今思えばあの時は割と本気だったのかもしれない。幼い子供ながら、大人になったら本当に子安と結婚けっこんするものだと思っていたから。

 そして、それは子安も同じだったのだろう。互いに幼稚ようちだった。けど、互いに本気だったんだと思う。

 だから、これは幼くても本気のこいだった。

 そんな俺達の気持ちを理解りかいしていたのだろう。両親は俺達をよく一緒に旅行へ連れていった。時に山へ、時に海へ、そして時として海外かいがいへと旅行に行く事もあった。

 たのしかった。とても楽しかった。こんな日々が何時までもつづけばいいとさえ思っていた。けど、そうはならなかった。

 事故じこだった。酔っ払いの逆走ぎゃくそうによる正面衝突。それにより俺達の乗っていた車は大破した。もちろん、相手の車も大破。相手側は即死そくしだったそうだ。

 俺が覚えているのは、事故の直前に子安をかばって覆いかぶさった事。どうしてそんな事をしたのかは今でもおぼえていない。ただ、直感的にそうしただけだ。そして、その為に俺は一度死んだ。

 そう、死にかけたではなく死んだんだ。本当の意味で、俺は一度死んだ。

 ただ、あの時イレギュラーがきなければ……

 ……暗闇くやらみに居た。俺は、暗闇の中に立っていた。自分がどうしてこんな場所に立っているのか理解出来ない。覚えているのは、先程事故で車が大破した辺りまで。

「俺は、死んだのか?」

「ああ、死んだな。だが、まだき返る事は出来できるぞ?」

「……誰?」

 振り返ると其処そこには少年にも老人にも、男にも女にも、人間にも化物にも見える異形の存在が立っていた。異形は次第に姿を安定あんていさせてゆき、やがて俺の姿へと変えてゆく。どうやら俺の姿を真似まねたらしい。

 だが、それは問題もんだいではなかった。そいつは笑っていた。思わず魂の底から恐怖きょうふを覚えるほどの笑みをかべて立っていた。

 まるで、死神しにがみに魂を刈り取る大鎌おおがまを突き付けられたような。それでいて笑顔を向けられたような。そんな根源的恐怖心。

「俺の名はベリアル。しがない悪魔あくまだよ」

「悪魔……」

「お前には今二つの選択肢せんたくしがある。このまま死ぬか、それとも俺の手を取って生きるかどっちかだ」

「俺は、生き返る事が出来るのか?」

「ああ、ただしタダで生き返らせる訳じゃない。もちろん対価たいかを貰う」

「対価?」

 当時とうじの俺には、その言葉の意味は理解出来なかった。けど、聞いた事がある。悪魔は人間と取引の際に破滅へと誘惑ゆうわくしてくると。

 確か、契約の対価に魂をうばうのだっけ?

「俺の魂を持っていくつもり?」

「いや、お前の魂は要らない。ただ、そうだな。一つけをしよう」

「賭け?」

「ああ、賭けだ。今回お前を生き返らせる対価にお前の記憶きおくを貰っていく。世間的にはお前は事故の後遺症こういしょうで記憶喪失になったという事になるだろう」

「……うん」

「もちろん、お前が庇ったあの少女の記憶もすべて失うだろう。だが、もしお前が後に記憶を取り戻すような事があればお前の勝利をみとめよう」

 俺はきっと、この時警戒していたのだろう。だから、この時こんな事を言ったんだと思う。

「勝利を認めて、どうするつもり?」

「ふふっ、警戒心が高いのはよろしい。そうだ、今お前は悪魔と契約けいやくしている。その程度の警戒心はってしかるべきだ」

「……何が楽しいんだよ。からかうだけだったらかえってよ」

「そうあせるなよ。もし、お前が勝利したら、そうだな……お前に力をくれてやる」

「力を?」

 俺の言葉に、ベリアルと名乗なのった悪魔は頷いた。

 楽しそうに笑いながら、実際楽しげに笑いながら。俺に地獄じごくの契約を持ちかける。

 地獄の契約書にはんを迫る。

「そうだ、お前に力をくれてやる。実はここだけのはなしだが、後数年くらい先にお前達がもっと大きくなったら神がお前を召喚しょうかんするだろう」

「神様が?どうして俺を?」

「お前達が信仰するような崇高すうこうな存在じゃないぞ?アレはもっとおぞましい存在だ」

「……そんな存在が、どうして?」

「自分の手駒てごまにする為さ。その為に、お前をためそうと思っている」

「……………………」

「もし、この手を取るならお前に力をあたえよう。大切な仲間なかまを、愛する者を守る為に必要な力をお前にさずけよう」

 そう言って、手を差し伸べた彼は到底崇高とは呼べない存在だったけど。

 どうしてだろうか?この時俺はそいつの言葉を信じられると思えていた。いや、それだけではない。きっと、俺はこの時子安の事をおもっていた筈だ。

 悪魔は大切な仲間を、あいする者を守る為に必要な力と言った。つまり、それは子安を守る為に必要ひつようになる筈だ。

 そう、感じたから……

「……分かった、お前との賭けに応じよう。けど、忘れるなよ?必ず俺がつ」

 勝って、必ず全てを取り戻す。そう、悪魔に宣言せんげんした。

 その宣言に、悪魔は獰猛どうもうな笑みを浮かべた。

「そうだ、それで良い」

 そうして、俺はこの日全てを失ってき返った。

 その後、身寄りを失った俺は生前仲が良かった教会のシスターにひろわれる事になり其処でゼンとオトメの二人に出会であった。

 それが、俺のはじまりだった……

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