第14話 剣姫の掟

「剣姫の方々が見に纏うヴェールですが、すごいですわね。質もそうですが、この刺繍の細かさ。呪術的な意味はもちろん、文化的にも意義のある文様ですわ!」


「はい。ヘクトール入学にあたって、郷の皆が作ってくれて……」


 朝食が終わり、フュースたち四人は校舎へと向かっている。フュースはローラたち三人とは違い、制服を着た上で頭にヴェールを被っている。このヴェールの着用は、『剣姫の郷』の者が郷を離れる際の義務である。余計なトラブルと虫を媒介とする感染症を防止するのが目的。このヴェールを初めて間近に見るマリアンヌは興味深々な様子だ。


 ちなみに、食事中は寝ぼけ眼だったフュースはうたた寝のおかげで眠気が覚めつつある。


「『剣姫の郷』のヴェール着用の掟ですが、私室にいるときは外してもいいということなら、教室内ではどうするつもりなのですか?」


「教室は私室ではないので、ヴェールはつけたままにしようと思っています」


『剣姫の郷』の掟について聞いたリーシアは、フュースの答えを聞いてある懸念を抱く。


--隠されると暴きたくなるというもの。近くで見ると本当に可愛らしい……。ヴェールを取ってしまいたくなる殿方もいるでしょう。アレン様がこの方に関心を持たれるという事も……。


 ここでリーシアは我に帰る。


--ダメですね、私は。ほんの些細な事で嫉妬してしまうとは……。


 リーシアはサダナ伯爵家の令嬢で、グリドール公爵家のマリアンヌとともに第三王子アレンの婚約者候補と目されている。200年ほど前に王族が降嫁したことから、王家の色である金色の髪をしていることが密かな自慢だ。強く誇り高いアレンの側にあるために努力を惜しまないできた。


 アレンの側に美しい女性がいると心が騒ついてしまう。それをリーシアは心の強さで押さえつけてきた。


『心こそ強くあるように努めなければならない。心の弱い者から脱落していくからだ』


 アレンやマリアンヌたちと幼き日に読んだ『大賢者ゼニス回顧録』の一節がリーシアを支えているのだった。


 ◇◆◇

--フュースは令嬢方に人気ね……。


 ローラはリーシアとマリアンヌに質問攻めにされるフュースを見て苦笑する。


--まあ、かの英雄『フリュースティの再来』なんて言われる子がクラスメイトになっちゃったら、敵情視察がてら色々聞きたくなるわよね……。


『剣姫の郷』を創設したフリュースティは数百年前の人物で、妖精王ニヴィアンと暗黒龍ヴァデュグリィの加護を受け、『聖剣舞』と『魔剣舞』という相反する剣舞を編み出したという。大戦時には魔王軍の『四元魔将』を一手に引き受け、多くの民を救ったと云われている。


 フュースの母フレイアージュは20年前の『混沌カオス戦争』において、勇者や大賢者たちと肩を並べて戦い、『四元魔将』水のアリトンを討ち取っている。これによって、冥王により封印された四大精霊に地水火風の力が戻ったのだった。


 そして、目の前の少女フュースは始祖フリュースティの名と血を受け継ぎ、母フレイアージュがなし得なかった『聖剣舞』を習得したという。


--フュースの実力は本物……。ここまで来ると貴族とか関係なしに婚姻を結びたいと思う貴族も多いって妙に貴族の事情に詳しい父さんが言ってたわ……。『剣姫の郷』の掟通りならフュースは結婚しない……。逆にこれを都合良く捉える男も多そうだし、警戒する娘も多いでしょうね。


『剣姫の郷』のは男子禁制であるため、世間一般的な婚姻は禁じられている。このため、剣姫たちは一夜限りの情を交わすか、一定期間、恋人の元に通うという手段で子を宿す。女児が生まれたら郷で育て、男児が生まれたら相手に引き取ってもらうか、乳離れした辺りで孤児院に託す。フリュースティがこのように定めたのは、当時の戦乱の中で魔族ではなく、人間の男により心に傷を負った女性があまりに多かったからだ。このような事情は数百年を経た現在でも、さほど変わってはいない……。


--ただ、剣姫って、そんな甘いものじゃないのよね。下衆な男には引っかからないように教育がしっかりされているし、そもそも郷の外に出る剣姫は下手な戦士じゃ逆立ちしたって太刀打ちできない。万が一の時は剣姫たちの報復が待っている……。それは。『剣姫の郷』の首領にはそれが王権により認められている。って母さんが言ってたな……。


『剣姫の郷』とその首領には、剣姫の誇りを害した者に対する懲罰権など諸々の権利がアステリア王との盟約により認められている。その代わり、魔族・魔物の攻撃からの防衛に協力する義務が課せられている。


--魔王軍の『四元魔将』に対抗し得る戦力なんだから、それくらい認めてもいいって話よね。それと、何だっけな。他にも聞いたような……。


『首領直属の護衛には王家の「影」レベルの剣姫が何人もいるのよね〜』


 ローラの頭に母の言葉が頭に浮かぶ。


--思い出した! 王族を秘密裏に護り、時には反逆の芽を刈り取る精鋭たちと同等って凄い話よね。でも、何で母さん、あんなに『剣姫の郷』のことを知ってるのかしら? ま、いいけど。


 ローラは母マーサの言葉を思い出して、すっきりとした気分になる。マーサが『剣姫の郷』に詳しいのは、『混沌カオス戦争』に参加したマーサがフレイアージュ本人から聞いたからだということを、ローラには想像すら出来なかった。


 ◇◆◇

 王都のホテルの一室でフレイアージュは目を覚ます。二日酔いで頭が重い。床には酒瓶が転がり、フレイアージュ自身も床に寝ていたようだ。

 横を見ると、マーサも床で眠っていた。入学式が終わった後、フレイアージュはローラの両親であるマーサとヘインズを伴い、再会と互いの娘の入学を祝って酒盛りをしていた。ヘインズは乳飲み子のバーニーの世話を見るために帰ったが、マーサはフレイアージュと遅くまで飲んでいたのだ。


 フレイアージュが体を起こし、立ち上がって水差しから水を飲んでいると、護衛の剣姫が少し慌てた様子で報告に来る。


「アンナの姿が見当たりません」


「まあ、そうなるだろうな」


 そう呟くと、フレイアージュは学園の方に視線を向けるのだった……。

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魔術師は剣姫と舞う 万吉8 @mankichi8

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